LOST TASTE

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「熊がいるだろ?あいつと一緒に運んで来た」 そりゃ熊さんなら車くらい運べそうだけど、それより車の修理なんて、そんな面倒臭い事を? もしかして少し知識があれば、簡単に直る程度の故障だったのだろうか。 「お嬢さん、名前は?」 「カスミです……っ!」 しまった。答えと同時に、お腹がぐるるんと鳴ってしまった。もうやだ、めんどくさい。 時刻はもう夕方近く。朝から何も食べていないのだ、お腹が空くのも当然だ。 「おやおや。よし、飯行くかい?」 「そんなめんどくさい事、申し訳ないです」 「簡単だから平気だよ」 遠慮しながらも期待してしまう。仙人が出してくれるご飯とはどんなものか。 まさか本当に霞や雲を食べている訳ではないだろう。動物達が友達だから、面倒臭い精進料理かもしれないが。 彼の精悍な外見から腹ぺこのカスミが脳裏に浮かべたイメージはずばり「男料理」だった。 男料理。 荒波の中に船を出し、命懸けで釣って来た新鮮な魚介類。海のエネルギーを凝縮した海藻。きらきら輝く海の幸。 緑の中で太陽と共に生きて来た動物達の健やかな肉。山の精気を吸収してすくすく育った山菜や茸。滋養に満ちた山の幸。 それらを豪快にぶった切り、鍋にぶちこむ、或いは炭火に架ける。 海の青、山の緑、炎の赤…… 人は味覚の三原色を遥か昔に完成させていたのだ。 味付けは塩、味噌、醤油や酒を、それこそ適当にぶちまけるだけ。分量なんて計ってたまるか。 多少見映えが悪くても、それがどうしたさあ食えよと、得意気に逞しい腕が差し出せば。 嗚呼。そんなもの、不味い訳などあるものか。 果てしなく飯が進む、酒が進む。生きる力が湧いて来る。 命をいただき命を育む、有難きかな男料理。 しかし。
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