LOST TASTE

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「じゃあカスミさん、ちょっと立って」 場所を移動するのかな。やはり別に生活する為の部屋があるのだろう。 そんな事を思いつつ立ち上がったカスミの前で、なぜだか彼は素早く身構える。 足を弓の様に前後に開き、半身になって左手を前に、右手は奥に引き絞っている。ええっ? これはアレだ、空手や拳法の正拳突きの構えだ。今からグーで殴ると言う宣戦布告だ。 いや、ご飯はどうした。 「ちょ」 私、殴られる様な事してないよおおお!? 「はっ!」 気合い一閃、ブオンと空を切る音がした。 あーやっぱり私、終わりだったんだ。 凄いスピードで放たれたハンマーの様なゲンコツはしかし、カスミのぷよぷよのお腹の皮から数ミリの所でぴたりと止まる。 冷や汗たらり鼻水ぶらり。触れてもいないのに、熱い何かが体を吹き抜けた様な。 「な、なにを……あれっ?」 飛び退いて抗議しようとしたカスミだが、お腹が重い。なんだこれは。 たらふく食った後のゲップが出そうな満腹感で胃が満たされている。そんな馬鹿な。 そして鼻の奥につんと微かに感じる男臭さ。 「どうだい、腹いっぱいだろ?親父から受け継いだ秘伝だ」 なんだかタレとか出汁みたいな事を言い出す仙人氏。 「い、一体何をしたんですか?」 驚きの余り面倒臭いのも忘れて尋ねると、得意気に逞しい腕を差し出して彼は言った。 「分かりやすく簡単に言えば、俺の生命エネルギーを拳に乗せてあんたの胃袋に撃ち込んだのさ。海の幸山の幸より力が漲る、俺の幸を喰らわせてやったんだ。 親父が編み出したこの技のおかげで、俺は物心ついてからほとんど物を食った事がないんだ。 ついでに言うと、あんたの車も故障の原因は知らないけどこれで直った。一応後で修理に出しときな」 「すっ凄い!」
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