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2 はらぺこ亭 絹田和也(きぬた かずや)
俯いてトボトボと歩いていた日和が、ドンッと誰かにぶつかった。
衝撃で吹っ飛ばされて、尻もちをつく。
「あ、ごめんね。大丈夫?」
よく通るテノールの声がした。
顔をあげると、いろいろな食材の入った箱を抱えて立っている、エプロン姿の男性が眼の前に立っている。
「大丈夫です。こちらこそよく見ていなくて……」
尻についた土埃を叩きながら立ち上がった日和に、男性が頭を下げた。
「箱を3箱抱えていたから、前がよく見えなかったんだ。本当にごめんね、あ、そこがオレの店」
男性が指差さした方を見ると、「はらぺこ亭」と書いてあるお店があった。
「怪我はない? そしたらごめんついでにそこの扉、開けて貰ってもいいかな? 自動扉じゃなくてさ」
照れくさそうに笑う男性に言われて、日和ははらぺこ亭の扉を開けた。
男性は店の中に入ると、テーブルの一つに箱を置き、日和の前に戻って来た。
「改めてまして。はらぺこ亭店主の絹田 和也です。まだ開店前でね、お茶をいれて一息つこうと思っていたところなんだ。良かったら、寄っていかないかい?」
「いえいえ、ご迷惑じゃ……」
「迷惑なら誘わないよ、さ、どうぞ」
店主の爽やかな笑顔につられて、日和ははらぺこ亭に寄っていくことにした。
テーブル数が4席、カウンター席が4席のこじんまりしたお店だった。
それでも、テーブルとテーブルの間がとってあり、狭いと感じることはなかった。
よく磨かれた木製の床。同じくらい磨かれたテーブルと椅子。
余計な装飾はなく、綺麗に片付けられた店内。
居心地がいい店だ。
店主が薄桃色のクロスを持ってきて、テーブルの上に広げる。
パリッとのりが効いた薄桃色のクロスで、店内の印象はより柔らかく見える。
飲食店は苦手なはずなのに、どうしてこのはらぺこ亭に寄ってしまったのか。
日和が考えている間に、店主の絹田が日和の前に、ティーポットとカップをおく。
「はらぺこ亭特製、みかん紅茶だよ、ニ、三分待ってから、カップに注いでね」
ふわりとみかんの香りが漂う。
大きく息を吸い込んで、香りを楽しむ。
「僕も、いいかな」
自分のカップを持った絹田が、日和の前の席を指差す。
笑顔で頷いた日和は、店主の後ろにいた白い小さなモフモフに息をのんだ。
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