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5 怒れる少女とオロオロ小熊
「食べないって言ってるでしょ! うるさいなっ」
翌日日和がバイトのためにはらぺこ亭に向かうと、はらぺこ亭がある裏路地が現れた。
はらぺこ亭からは、通りまで響くほどの大声がしている。
何事かと、一瞬扉を開けるのを躊躇った。
昨日の白いモフモフうさぎではなく、今日は茶色いモフモフの小熊がオロオロと店内を歩いているのが外扉から垣間見えた。
はらぺこ亭は、色々な小動物が働いているのだな。絹田は買い物だろうか。
そんなことを考えながら、オロオロしている小熊が可哀想になり、店内に足を踏み入れた。
「あの……こんにちは……。本日からバイトの桐崎です。お客様、……いかがしましたか?」
勇気を振り絞る。
店内で怒っていたのは日和よりも年下、制服を着ているところを見ると高校生の女の子だった。
「いかがも何も。勝手に連れて来られて、席に座らせられたの。何、その熊。中に誰か入ってるの? 顔を見せなさいよ!」
勝手に連れて来たのだとすると、こちらが悪いだろう。
日和はオロオロしている小熊に目をやった。
何か言いたげだ。
日和は再び少女を見やる。
全体的にとても細い。
体つきが自分と似ている。
厨房を覗くと、美味しそうなシフォンケーキとホイップが用意されている。
日和は指を差して小熊に確認した。
小熊がコクコクと頷く。
手早くエプロンと、三角巾を身につけ、洗面所で手洗いうがいなどの身支度を済ませると、厨房に入った。
シフォンケーキを切り分けて、ホイップを添える。
飲み物は、アップルソーダ。
お茶じゃないの? とは思ったが小熊が少女用に見立てたものなのだろうと思い、グラスに注ぐ。
「どうぞ」
日和は、少女の前にアップルソーダとシフォンケーキを置く。
自分の行動が合っているのかどうか、よく分からない。食べないと怒っている少女を更に怒らせるかも知れない。
でも、小熊が少女のために用意したものを提供することが自分の役目だとも思った。
日和が運んできたアップルソーダとシフォンケーキを見つめる少女の瞳に、涙が浮かぶ。
声も立てず、静かに少女は泣いた。
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