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6 思い出のおやつ(シフォンケーキとアップルソーダ)
ふんわりした黄色いシフォンケーキとシュワシュワ弾ける泡をたてている黄金色のアップルソーダ。
しばらくして泣き止んだ少女は、黙ったままストローをグラスに差して一口、飲んだ。
またしばらく、アップルソーダを見つめる。
そしてシフォンケーキにフォークを入れて、一口。
もぐもぐ、と黙ったまま食べる。
先ほどまで怒鳴っていた人物とは思えないほど、穏やかに、シフォンケーキとアップルソーダを食べ続けている。
少し離れたところから少女の様子を見ていた日和は、少女が食べてくれたことにホッとしていた。
日和の隣では、小熊が祈るように両手を組み合わせて、少女が食べる様子を見つめている。
「良かったね」
日和は小声で小熊に話しかけた。
小熊はコクンと大きく頷く。
「あの……」
少女が日和に声をかけた。
「さっきは……怒鳴ってごめんなさい。あの……美味しかったです」
少女は両手をグッと握りしめた。
「私……一年前、母が病気で亡くなってから、食べることが出来なくなってしまって。食事はずっと、飲むゼリーとかで済ませていました」
話がしたいんだ、と感じた日和は少女の邪魔にならないよう静かに頷き、耳を傾けた。
「このアップルソーダとシフォンケーキ、母が元気だった頃、よく作ってくれていた思い出のおやつだったから。うちのアップルソーダは、煮たリンゴエキスとちょっぴりの生姜とハチミツが入っていて、少しだけピリッとします。シフォンケーキには、黄な粉が入る。体のためを思ったおやつで、他では見たことのない味だから……」
少女はそう言うと、空になったグラスを見つめた。
「久しぶりにお母さんに会えた気がしました。それに、泣いたら少しスッキリした……」
鼻をスンスンさせ、微笑む少女に小熊が歩み寄った。爪を引っ込めた丸い手を、少女の背に軽く添えてさする。
少女は涙を溜めた瞳で小熊を見ると、「さっきは怒鳴ってごめんなさい」と謝った。
小熊はふるふると首を降る。
「不思議ですね。シフォンケーキを食べたのにおなかが空いた。私、もう帰りますね。父が仕事から帰ってくる前に、父の好きなカレーを作っておいてあげようと思います。母のカレー、思い出しながら」
笑顔で席を立つ少女をじっと見つめる小熊。
小さく手を振り、少女を見送る。
はらぺこ亭の動物たちは、話しはできなけれど、不思議な能力を持っている、と日和は思った。
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