8 ミニブタ特製肉じゃが定食と追加のトンカツ

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8 ミニブタ特製肉じゃが定食と追加のトンカツ

 絹田と項垂れたミニブタが厨房に入る。  日和は離れたところから、男の様子を注意深く見つめた。  誰もいなくなった店内で男は箸をとり、肉じゃがに手を付ける。  一口食べて、箸を置いた。  腕を組み、への字口。難しい顔をしている。  悪態をつくかと思ったのに、何も話さない男が不思議に思えた。 「日和ちゃん、これをお客様へ」  厨房から絹田が揚げたてトンカツがのったトレーを日和に渡す。  さきほどまで給餌を手伝っていたミニブタは消えていた。  日和は何も言わず、ただ肉じゃがを見つめている男の前に、トンカツの皿をおいた。  揚げたてで香ばしい香りがしている。 「おいっ! さっきのブタ野郎はどうした?」  男が日和に尋ねる。  厨房から絹田が出てきて、男の脇に立った。  手のひらでトンカツの皿を差す。 「お客様のご要望どおりのトンカツです」  男が絶句した。 「嘘だろ?」 「温かい内にお召し上がりください」 「お前、サイコパスかよ!」 「さあ、どうぞ!」  絹田の圧に男は箸をとり、トンカツを一切れ口にした。  数度咀嚼して、乱暴に飲み込む。  そして、咆哮した。  動物のような猛々しい唸り声を上げ、目からは涙が流れ、口の端からはヨダレを垂らした。 「お腹が空いたでしょう?」  静かに絹田が男に問いかける。  男は絹田の声が聞こえないかのように、肉じゃが、トンカツ、と勢いよく、ムシャムシャ食べ始めた。 「あなたは肉じゃがを口にした。何も感じませんでしたか? 給餌していたミニブタに乱暴し、馬鹿にした。そんな粗暴なあなたの要望にミニブタは応えました。自分の命を犠牲にしてまでも。そこまでしてくれる人、あなたには心当たり、ありませんか?」   絹田の声が聞こえているのか、いないのか。  男は獣のように食べ続けている。 「改心できるチャンスだったのに。とても残念です。食べても食べてもおなかが空くでしょう。その度にあなたは今日のことを思い出す。自分の乱暴な言葉でトンカツにした母親の化身であるミニブタを」  絹田の言葉に一際大きな咆哮を上げた男は、突然立ち上がり、店を飛び出した。  一部始終を目の当たりにしていた日和は、体が震えて止まらなかった。  そんな日和に、絹田が微笑んだ。 「怖がらなくても大丈夫」 「ミニブタさんは、死んじゃったんですか?」 「うーん、そもそも死んでいる者だからねぇ。でも、日和ちゃんが危惧している意味だとすると、ミニブタさんは、あの男と一体になったんだよ。あの男が自分の体内に、ミニブタを取り込んだから。改心させることができれば、食べても食べてもおなかが空く、という現象はおさまるだろうけれど……」  絹田は日和の肩をトントンと叩いた。
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