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 脇に落ちたガロの左手は、コートのポケットから紙切れを引き出そうとしていた。それを握って力尽きたのだ。そばに膝をつき、ガロの指を解き、しわしわの紙を破れないようそっと開く。  それは一枚の写真だった。両親と二人の兄弟が写った家族写真だ。母親の前に兄、父親の前に弟が立ち、カメラに向かって満面の笑みを浮かべている。兄は十四歳くらいか。弟は、十二歳ぐらいだろう。とても仲がよさそうだ。  その弟に、見覚えがある気がした。鏡に映るシオ自身だ。知らない子であることに間違いはないし、顔も似ていないが、自分と近しいものを感じる。シオは写真から視線を剥がした。  横たわり目を瞑ったガロの顔は、写真よりもいくらか成長していた。写真の少年は、今では青年となっている。だが、僅かに残ったあどけなさは、少年の面影を残している。  写真をガロの手にしっかりと握らせ、シオは顔に両手を当て、久方ぶりに自分の面を外した。長い間くっついていたのに、思っていたよりもあっさりと狐の面は顔から剥がれる。見る間に指は長くなり、白い毛は消え去り、爪は短くなる。人間の姿で、シオは血まみれの空気を胸いっぱいに吸い込んだ。見下ろすと、地面についた膝の先に灯り虫が止まり、自分とガロを煌々と照らしている。 「ガロは、勘違いしてるよ」  狐の面を置き、ガロの頭の横に落ちている面に手を伸ばした。持ち主を失った狼の面を両手ですくう。 「ぼくは、ガロと出会えてよかった。ガロとの出会いが、ぼくの全てを変えてくれた」  面をゆっくりと顔に被せた。  ぴたりと面が吸いつく感触と共に、頭の中にどっと波が押し寄せた。狼の面がガロから奪った、人間の頃の記憶だ。  両親が亡くなり、冷遇に耐えきれず、家出を決めた幼い兄弟。知らぬ間に迷い込んだ異形の街。人狩りに見つかり、逃げ惑う。一つの面を見つけ、藁にもすがる思いで兄はそれを被る。人狩りは兄を素通りし、弟だけを捕まえた。  泣き叫ぶ弟の姿。必死に自分を呼んでいる。必ず助けると心に誓う。  一人だけ助かってしまった罪悪感、一刻でも早く弟を助けたい焦燥、弱い自分への無力感。  それらが全て通り過ぎると、シオは立ち上がった。  灰色の毛の生えた手で刀を拾い上げる。敵の血をこれでもかと吸った刀を右手に握り、左手をポケットに入れた。つまみ上げた十円玉を地面に放り、刀の先端を突き立てた。  もう、怖いものなど何一つない。 「俺は、行くよ」  金色の瞳で、シオは闇を見据えた。この街でやり遂げねばならないことがある。生きる理由を、その意味を、この出会いは与えてくれた。  行く先を照らすように灯り虫がついと飛び、シオは歩き出した。
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