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すっかり夜の帳が下りた頃、シオは路地裏から通りに這い出た。帰宅ラッシュの時間はやや過ぎたが、それでもスーツ姿のサラリーマンやバイト帰りの学生たちが忙しなく通りを行き交っている。幸い、陽が暮れても雪は降り出さなかった。
鼠のように忙しなく頭を動かして周囲の様子を覗いながら、足早に雑踏に紛れる。二時間前に絡んできた不良たちの姿は見えない。路地の先が行き止まりと知らずに諦めた風だったが、どこかで待ち伏せしているとも限らない。金がないと知られれば、腹いせにリンチに遭わされる危険性がある。
あてもなく彷徨っている内に、大きな駅の前に出た。広場の時計を見上げ、夜の十時を過ぎていることを知る。十二歳のシオは警察に補導されてもおかしくない。そうなれば、あの家に強制送還されてしまう。自分が何を言おうと、外面の良い母親の内面を誰も信じはしないだろう。殺されるのも時間の問題だなんて、誰一人信じるはずがない。
昨日バットで叩かれたばかりの脇腹をおさえると、空腹を思い出した。丸二日、水しか飲んでいない。もう腹は鳴らないが、そろそろ何か食べる方法を見つけなければ。
とぼとぼと歩きながら、ハーフパンツのポケットに右手を突っ込み、目の前で開く。百円玉が二枚に十円玉が五枚。全財産、二百五十円。
スーパーでおにぎりを買おうか。だけど、それからどうする。ゴミ箱でも漁るのか。店員に通報されれば、一発で終わりだ。
自分でも知らないうちに、シオは駅の券売機の前で路線図を見上げていた。知らない場所に行こう。そこならば、なにか新しい道が待っているかもしれない。馬鹿馬鹿しい考えだとは分かっている。二百五十円の距離なんて、たかが知れている。だが吸い込まれるように二百四十円分の硬貨を投入口に落とし、切符を手にした。改札をくぐると、もう戻れない気持ちに不思議と背筋が粟立った。クロックスを引きずってホームへの階段を上がり、五分後にやって来た電車に乗り込み、座席に腰を落とした。車内は適度に混んでいたが、立っている人はいなかった。
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