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 脱兎のごとくシオは駆け出し、その背を追って人狩りも走り出した。人間のにおいでバレたらしい。全速力でシオは街を駆け抜ける。化け物たちの合間を縫い、角を曲がり坂を下り階段を駆け上がり、がむしゃらに走る。  見知った道に、知らない路地ができていた。暗く見通しの悪いそこに飛び込み、誰かにぶつかった。 「ガロ!」  黒いコートに、嗅ぎ慣れた獣のにおい。目の前にいるのはガロだった。 「その、刀……」  薄闇の中で、ガロは刀を抜いていた。目を凝らすと、こちらに足を向けて誰かが倒れている。制服の青色に、赤い血がべっとりとついている。  ちっと舌打ちが聞こえたかと思うと、シオは宙に浮いていた。否、ガロに片腕で抱えられ、路地裏を走っていた。後方には、自分を追いかける人狩りが、もうそこまで来ている。  正面には塀が立ちはだかっている。しかしガロは地面を蹴った。右手の壁を蹴り、左手の壁を蹴り、軽々と塀を飛び越えた。そして着地すると、再び走り出す。ようやく足を止めて下ろされても、シオは少しの間目が回って立てなかった。  それでも地面に膝をつき、周囲を見渡す。街の知らない場所だ。住民の気配はなく、随分と暗い。灯り虫が数匹宙を舞い、ガロとシオの表情を闇の中に浮かべる。木々が茂り、足元の草の先がちくちくと身体を刺す。 「においでバレたんだな」  木の足元にしゃがんだままガロが呻くように言い、シオはこくりと頷いた。 「そこまであいつらが嗅ぎつけるとは思わなかったな」 「こんなに離れたら、もう追ってこないかな」 「いや」シオの希望をガロは一蹴する。「やつは人間のにおいだけでなく、おまえそのもののにおいを覚えたんだ。地獄の底まで追ってくるぞ」  そんな。シオは息を呑む。 「じゃあ、どこに逃げても捕まるってこと……?」 「そうだな」  無意識のうちに、シオは両手で顔を覆っていた。本物の化け物になりたいとこれほどまでに願ったことはない。捕まれば一体どうなるんだろう。やつらの仲間にされてしまうんだろうか。 「ガロは、どうして、あそこにいたの」  シオが囁くと、ガロは少しだけ黙って、血の付いた刃をコートで拭った。 「……俺は、やつらに用があるんだ」 「用って?」  それには答えず、ガロは続ける。 「短気なやつでな。俺を敵だと認識しやがったから、殺したんだ。だからおまえだけじゃねえ、あいつらにとって、俺も敵ってわけだ」 「ねえ、ガロ。ぼくを食べて」  顔から手を離し、シオはガロを見つめる。 「馬鹿言ってんじゃねえ」 「人狩りに捕まって連れていかれるぐらいなら、ここでガロに食べられたい。これで終わりにしたい」  遠くから足音が聞こえてくる。シオは両手を伸ばし、ガロのコートを掴んだ。ガロに終わらせてもらえるなら、本望だった。  だが、ガロはそっとシオの手に自分の手を乗せ、コートから引きはがした。 「シオ、おまえにこんな終わりは似合わねえよ」  鋭い爪をもつ大きな手を、軽くシオの頭に乗せる。 「俺たちは、出会わなけりゃよかったんだろうな」
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