生贄

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 お腹がすいた。  と、僕の隣にいる、巨大な怪物がつぶやいた。そして僕は、とうとう来たか、と思った。僕はこの怪物の生贄なのだ。この怪物がお腹をすかせたとき、怪物が人里に降りていき人々に襲いかかるのを防ぐために、僕がいるのだ。  そんな生贄なんてキリがないのではないか、と思われるかもしれないけれど、幸いこの怪物がお腹をすかせるのは数年に一度だけなのだ。だから、生贄の人間が必要なのは、数年に一回だけなのだ。もっとも、生贄を選ぶなんていうのは数年に一度だとしても嫌なものだけれど。  なぜそんなことを冷静に考えていられるのかというと、実は僕は病気だからだ。薬を飲んで痛みを抑えているだけで、長生きすることは出来ない。だから、生贄に選ばれたのだ。そして、そんなだから、長く生きることに対する希望なんてなくて、食べられることに対する諦めの気持ちを持てているのだ。勿論それでも、怪物に食べられるなんていう最後は嫌だったけれど、他の人の身代わりになるのだという正義感で、その嫌な気持ちを抑えているのだ。  とはいえ、生贄として怪物のところにやって来て、やはり食べられるのは嫌だと思った。だからここに来てからは、できるだけ怪物に優しくした。怪物はあまりにも巨大で、話が通じるのかもわからないから、大した効果はないかもしれないけれど、優しく声を掛けてみたり、肩の方まで登って頭を撫でてみたり、そんなことをして怪物と仲良くなれないかと試してみた。身代わりになって食べられるのもある意味本望ではあるけれど、怪物と仲良くなり、怪物がもし人間を食べる行為をやめてくれれば、僕は身代わりどころか、英雄になれるだろう、とも思ったのだ。  けれど結局僕は、怪物に食べられることになるのだった。お腹がすいた、ともう一度怪物は呟き、僕の方を見た。僕は、何か食べ物を持ってこようか、と優しく言ってみたけれど、怪物の言葉はこちらに通じるのに、こちらの言葉はやはり怪物には通じていないのだろう。怪物は大きな手で僕をつまみ、大きな口をさらに大きく開けて、僕を口に放り込んだのだった。僕の身体はふわりと浮いた。
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