儘ならない僕等の肖像

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儘ならない僕等の肖像

 その日、美術室は新入部員の一年と、在籍中の上級生でごった返していた。  教室の至るところにイーゼルが立てられ、半分瞳孔が開いたような顔の上級生が筆を動かしている。周りの一年生は上級生の傍に立ちながら、しっかりと目を見開いて、筆致を観察していたけれど、僕はその様子をぼんやりと見ているだけだった。ここまで周りが本気だと思っていなかったのだ。  ただ漠然と絵で食べていきたいから美術科のある高校に入学し、美術部に入った。こんなに温度差があるのは予想外だ。自分と同じように志しの低い人種がいると信じ切っていた。  だが、いま僕は明らかに浮いている。  そもそも僕にとって描くことは正気を保つ手段であって情熱を向けるものではない。言語化できない感情を描くことで、自分が自分なのだと自己認識するためのものだった。  覇気に満ちた先輩の絵を見ても、得られるものはないだろう。そう思って席に戻ろうとした瞬間、腕が何かにぶつかった。 「あ、すみません」  イーゼルが揺れる音の中で振り向くと、美しい女生徒が手を動かしていた。  声を掛けたというのにまったく反応を示さない。女生徒はただ一点を見つめながら、何かを描いている。腕を動かすたびに、長い黒髪がシャツの上で揺れる。パレットを持つ指は、蛍光灯の光りを反射して鈍く光っている。人形みたいにきれいな人だなと思う。しかし、イーゼル越しに窺える瞳は、執着や信念が混ざり合う情動的な光りを放っていた。
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