第五章:僕の名は

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第五章:僕の名は

 「ふみゃあ」  ゴロゴロと喉を鳴らしながらパンダが僕の 足に絡みついてくる。僕はモップを手に廊下 で立ち止まると、すっかり懐いてしまった猫 の頭をやさしく撫でた。  「お掃除が終わったら遊んであげるからね。 もうちょっと待っててね」  その言葉を理解したのか、していないのか。  僕の手に頭を擦り付け、長い尻尾を膝に絡 めると僕を見守るように廊下の端っこに座る。 僕は「いい子だね」とパンダに声を掛けると、 日課となった家中のモップ掛けを再開した。  「いい?誰が来ても絶対にドアを開けちゃ ダメだからね!カーテン閉めてじっとしてる んだよっ!!」  学校を休んで僕の側にいるという莉都を説 得し玄関まで見送りに行くと、莉都は初めて お留守番をする子どもに言い聞かせるような 口調でそう言った。  「うん、わかった」  素直に頷く僕に、それでも心配そうな顔を 向けつつ彼女が家を出たのは遅刻ギリギリの 八時十五分で。それから二時間が過ぎたいま、 僕はカーテンが閉め切られた薄暗い家の中で パンダのトイレを掃除したり、モップを掛け たりしていた。  あと四時間もすれば小学校の授業を終えた 桃々が帰ってくるし、明日になればコジさん と羽那さんも帰ってくる。 ――だから僕が一人なのは、あと四時間だけ。  繰り返しそう思ってしまうのは、やはり一 人でいるのが不安だからで。家の外から自転 車のブレーキ音や車のクラクションが聞こえ る度に、僕は肩をビクつかせ、鼓動を早くし てしまう。モップを掛け終わったらパンダと 遊んで、少し早いけど莉都が作ってくれたお 弁当を食べよう。  現実逃避をするようにそんなことを思って、 洗面所の床を掃除し始めた時だった。  コトと小さな物音が二階から聞こえ、僕は びくりと肩を震わせた。 ――なんの音だろう?  恐る恐る廊下に戻り、耳を澄ます。  すると、気のせいと思いたかった僕の耳に、 ヒタ、ヒタと廊下を歩く足音が聞こえてきた。 僕は、はっと息を呑み後退る。誰もいないは ずの二階を、誰かが歩いている。どうして? どこからこの家に侵入したというのだろう? そう考えた瞬間、僕は顔を顰め手で口を塞ぐ。 自室のカーテンを閉めた記憶はあるけど、窓 に鍵を掛けた記憶がなかった。まさか、二階 の窓から入って来るとは思ってなかったのだ。  どうしよう、組織の人が僕を連れ戻しに来 たんだ。泥棒の方がまだマシなどとつまらな いことを思いながら、僕はモップを床に置き、 廊下に座っていたパンダを抱き上げる。そし てオロオロとダイニングキッチンをうろつき、 リビングに入ると、ソファーと観葉植物の間 に身を隠した。  が、いまが非常事態とわからないパンダが、 腕の中で暴れ、鳴き声を上げる。
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