第五章:僕の名は

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 「ふみぃ、にゃあ」  「しっ!パンダ、大人しくして」  声を潜め必死に言い聞かせるが、パンダに その言葉は伝わらない。仕方なくソファーの 陰から首を伸ばして辺りを窺うと、僕は誰も いないことを確認し畳の部屋にある押し入れ にパンダを隠した。カリカリと、中から襖を 引っ掻く音を聞きながら僕はリビングに戻り 隠れる場所を探す。すると、その場所を見つ ける間もなく、ミシ、ミシ、と階段を下りる 足音が耳に迫ってきた。 ――もう逃げられない。見つかっちゃう。  そう観念した僕は、咄嗟にテーブルにあっ た新聞のチラシを手に取った。そして莉都が くれたボールペンを胸のポケットから取り出 し短いメッセージを書くと、急いでその文字 を後ろのラバーで消した。  どうしよう、これをどこに残そう。  迫りくる危機に鼓動を早くしながら、僕は スーパーの黄色いチラシを手に冷蔵庫の前に 立つ。何も書いていないチラシが冷蔵庫に貼 ってあれば、僕からだと気付いてくれるかも 知れない。そう思い、冷蔵庫の扉にある猫の マグネットに手を伸ばした時だった。突然、 手袋をした大きな手に口を塞がれ、背後から 自由を奪われてしまった。  「んっっ!!!」  物凄い力で体を拘束され、僕は必死に抵抗 する。けれど体を捩り、口を塞ぐ手を剥そう としても後ろの男はびくともしない。手にし ていたチラシが床を滑るように落ちてゆくの を視界の端で捉え、落胆した瞬間、背後から もう一人の男が現れた。 ――あの時の担当医だ。  マスクで顔を隠していたがすぐにわかった。  その人の顔を睨みつけた僕の腕に、チクリ と鋭い痛みが走る。すると抗う間もなく急激 に意識が遠のいてゆき、僕は掴んでいた両手 をだらりと下ろした。 ――莉都、ごめん。  家に帰り僕がいないことを知った彼女は、 きっと自分を責めるに違いない。僕を一人に したことを悔やんで、泣いてしまうかも知れ ない。そう思うと、胸が締め付けられるよう だった。  意識が闇にのまれる寸前、声にならない声 で莉都の名を呼ぶと、僕は攫いに来た男たち にこの身を委ねたのだった。  『ソラが手紙を残していなくなった』  桃々が携帯の留守電に残したメッセージを 聞いたのは、帰路につくため校内の駐輪場に 向かっていた矢先で。そのメッセージを耳に した途端、わたしは駐輪場へ駆け出していた。  やっぱり学校を休めば良かった。(ほぞ)を噛む 思いで自転車のペダルを漕いでいたわたしは、 バス停から家に向かって走る論平の背中を見 つける。きっと、論平にも桃々が連絡を入れ たのだろう。 「論平、後ろ乗る!?」 「いいっ!!」  突然背後から声を掛けたわたしにそう叫ぶ と論平はいっそうスピードを上げ、それ以上 言葉を交わす余裕もなく二人で自宅へ急いだ。  「桃々っ、ソラが残した手紙ってどこ!?」  家につき、我先にとダイニングに入ると、 怯えた顔でパンダを抱っこしていた桃々が立 ち上がる。これ、と桃々が差し出したそれは 普段からダイニングテーブルに置いてある白 い一筆箋で、そこには黒いボールペンでこう 書かれていた。
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