第五章:僕の名は

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 みんなへ  やっぱり、迷惑を掛けたくないのでここを 出ることにしました。もし見つかったとして も命を取られることはないし、一人で遠くに 逃げてみようと思います。いままで、本当に ありがとう。ここで過ごした日々は一生忘れ ません。                            ソラより ◇◇◇  「何だよ、コレ。逃げるっていったいどう やって逃げるんだ?金だって持ってないのに」  文章を読んだ論平が眉を寄せわたしと桃々 の顔を覗く。まさかソラが自分から出て行く と思ってなかったわたしは、ショックで思考 が纏まらない。震える手でグレーの罫線が引 かれた一筆箋を握り締めると、首を振った。  「こんなの、信じらんないよ。だってソラ、 出て行くなって論平の言葉に、泣いて頷いた んだよ?なのに、なんでこんな手紙……」  わけがわからないまま綴られた文字を指で なぞると、玄関の戸が開く音が聞こえてきた。 その音にはっとして顔を上げると、はじめ君 が息を切らしながらダイニングに入ってくる。  「ソラがいなくなったって!?」  臙脂のネクタイを緩めながら、そう言った はじめ君に白い一筆箋を見せる。すると、は じめ君は文字に目を走らせ顔を顰めた。  「これって、本当にソラが書いたのかな?」  「えっ、どういうこと?」  「これをソラが書いたって誰か断言できる かってこと。俺はソラが書いた字を見たこと ないし、ソラがこんな手紙を残して出て行く とも思えない。だいいち、こんな上手く纏ま った文をソラが書ける気がしない。どっかの 本から抜き出したみたいな文章じゃないか?」  「そう言われてみると、そんな気が」  三人で顔を寄せもう一度手紙の文章を読ん でみる。綴られた文章は簡潔に、けれど伝え たいことをしっかり書き残している。わたし たちが知るソラは、いつも何かに怯えていて、 どこか捉えどころがなくて、どちらかという と、自分の想いを言葉にするのが下手だった。  「じゃあコレ、誰が書いたんだ?ソラじゃ ないなら、いったい」  論平がみんなの顔を見回すと、はじめ君が 桃々に訊ねる。  「桃々、帰って来たとき何か変わったこと はなかったか?ソラがいなくなったこと以外 で、たとえば、どこかの窓が開いてたとか?」  「あった。パンダがね、押し入れに閉じ込 められてたの。学校から帰って来たら、ソラ もパンダもいなかったから家の中を探したら 押し入れから鳴き声がして」  「それ、おかしいだろ!何でパンダを閉じ 込める必要があんだよ。手紙置いて身一つで 家を出れば済むことなのに!」  桃々の話を聞き興奮する論平を手で制すと、 はじめ君は一点を見つめ、思案した。
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