第五章:僕の名は

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 「わかった、わたしたちが建物に侵入する。 でも、きっと防犯カメラとかあるよね?見つ からずに入り込めるかな?」  「その心配は要らないよ。建物の防カメは 全部ネットワークカメラだから、ハッキング しやすいんだ。工場出荷時に設定されたパス ワードを変更しないまま使ってることが多い から、ハッキングして過去の映像をループし ておけば問題ない。ほかに質問は?」  くるりと椅子を回転させてこちらを向いた に、わたしは首を振る。  「じゃあこれ付けて。莉都の携帯で話しな がら侵入をサポートする。充電はあるよな?」  オープンイヤー型のワイヤレスイヤホンを 片方ずつわたしと論平に渡し、はじめ君が顔 を見上げる。  「充電なら大丈夫」  「よし。ソラは地球環境エネルギー部門が ある研究所にいると思う。近くの林道を抜け れば、自転車で二十分だ。気を付けろよ」  その言葉に頷くとわたしたちは部屋を出て、 階段を駆け下りる。そして、玄関を出て自転 車に跨ると、夜の帳が下りた街を走り始めた。  「あの手紙、向坂が書いたんじゃねぇかな。 あいつ、偵察だけじゃなくて裏工作するため にわざわざうちに来たんだ。良い人そうに見 えたけど、とんでもない悪党だったな」  走り出してすぐそうボヤいた論平に、わた しは複雑な顔で首を捻る。  「本当にそうなのかな」  「はっ?」  「あの人、本当に悪い人なのかな?」  「どうしてそう思うんだよ!」  論平の意見に疑問を呈すると、彼は速度を 落とし隣に並ぶ。わたしは前を向いたままで、 感じていることを口にした。  「たった一度しか会ってないけどね、話し てて少しも嫌な感じがしなかったの。それに、 あの人が来ても桃々がぜんぜん怯えなかった。 だから何かそんな悪い人とは思えなくて」  そう答えると論平は何かを考えるように口 を噤んでしまう。並走していた論平がまた先 を走り真っ暗な林道に入ると、わたしたちは 落ち葉が積もった未舗装の道を慎重に走り抜 けた。  やがて、暗闇の中に無機質でシンボリック な建物が見えてくる。広大な敷地に渦を巻く ように建てられた研究所は台形のような形を していて、壁に嵌め込まれた窓も光が射すよ うに上から下へと幅が違う。造形美を感じさ せるこの近代的な建物のどこかに、ソラが捕 らわれている。わたしは緊張に唇を噛み締め ると、守衛が監視する正面玄関を静かに通り 過ぎ建物の東側に回った。  自転車を止め、論平とワイヤレスイヤホン を耳に装着すると、はじめ君に電話を掛ける。 すると、ワンコールで呼び出し音が途切れた。  『着いたか?』  「うん。いま金網の前にいる」  論平と視線を交わしながら声を潜めて言う。 目の前には空に向かって聳える金網があって、 その上の方には防犯カメラが取り付けられて いる。そのことを伝えると、はじめ君はキー ボードを叩きながら得意げに言った。
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