第五章:僕の名は

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 『その防カメなら、とっくに過去の映像を ループしてあるから大丈夫。あ、でも中にも 警備員がいるだろうから慎重にな。ソラの居 場所を探ってたら、B棟の三階の端に天窓の ある部屋があった。ここにいるって確証はな いけど、天窓があるのはこの部屋だけだ。ス マホに地図送るから、取り敢えず行ってみて』  「わかった。B棟の三階ね」  まるでコンビニ行ってきて、くらいの軽い 口振りでそう言ったはじめ君に論平と顔を見 合わせ苦笑する。これからわたしたちは不法 侵入という罪を犯すのだけど、そんなことは どうってことないという感じの兄に背中を押 され二人で金網をよじ登った。敷地内は所々 に街灯があり、わたしたちは植込みやベンチ の陰に隠れながらB棟へ向かう。前もっては じめ君がスマートロックを解錠してくれてい たお陰で、建物に着くと裏口からすんなり入 ることが出来た。  が、抜き足差し足で通路を歩き階段を上っ てゆくと、顔認証のセキュリティーゲートに 行く手を阻まれてしまう。三階のフロアは特 定の研究者しか入れないのだろう。論平がそ う伝えると、はじめ君は『ビンゴ』と呟いた。  『きっとセキュリティーゲートをくぐった 先に、ソラが幽閉されてる。クラウド方式の 顔認証か。待ってろよ、百八十秒で突破する』  「そんな簡単に突破できるのか?登録され てるヤツの顔じゃなきゃダメなんだろ?」  『顔写真データがネット経由でクラウドに 送信されるタイプって、実はネットワークシ ステムにアクセスし易いんだよねぇ。研究員 の顔を複製して、論平の顔を誤認証させれば 簡単に侵入出来るよ』  はじめ君といると、セキュリティーという 言葉が空虚に聞こえてしまうのはわたしだけ だろうか?兄が天馬であることも、いま自分 がしていることも、恐くなってきたわたしは 小声で問い掛ける。  「いまさらだけど、これって犯罪だよね? わたしたち捕まっちゃうかな?」  論平の袖を掴みわかり切ったことを聞くと、 彼は振り返り嘆息した。  「オレたちがしてることは犯罪に変わりな いけど、ソラを助けるためなんだから仕方な いだろ。警察に相談できればこんな危ない橋 渡る必要もなかったんだ。悪事に加担してる 警察が悪いし、アレルバがソラにしてること の方がよっぽど悪い!」  『その通り』  早口で言った論平に、はじめ君が賛同する。  『誘拐に幽閉に人身取引。その研究所はい わば治外法権状態だ。俺たちが多少の悪事を 働いたところで、向こうは表沙汰には出来な いよ。よし、完了した。論平、カメラの前に 立っていいぞ』  その言葉に、恐る恐る論平がカメラの前に 移動すると、ピピッ、という機械音が鳴りあ っけなく鈍色の扉が解錠される。どきどきし ながら観音開きの扉を二人で押し開けると、 なぜか論平がわたしに手を差し出した。
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