第五章:僕の名は

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 「……じゃあ僕は、博士のマインドコント ロール無しに生きることは出来ないんだね。 僕には兵器として生きるくらいしか価値がな いんだ」  黒いバングルが嵌められた両手を見つめ、 乾いた声を漏らす。  もしかしたら、ここを抜け出して莉都のと ころに戻るチャンスがあるかも。心のどこか でそんなことを思っていた自分が馬鹿みたい で、笑えてくる。自分の能力を制御すること も出来ない僕が、ここを離れて自由に生きて いけるわけがなかった。 ――もう、どうにでもなれ。  そんな無機質な言葉が脳裏を過ってしまう。  このまま雷に打たれて死ぬことが出来たら、 どんなに楽だろう。そんなことを思い小さな 窓から夜空を見上げた時だった。  「ピピッ」と機械音がして、重厚な部屋の 扉が開いた。  「おや、もう目を覚ましたのか」  僕を見るなりそう言って目を細めると、和 達博士が部屋に入ってくる。そして、木製の デスクに備え付けられた椅子を引っ張り出し 腰掛けると、足を組んだ。  「想定外の事故で君を逃がしてしまった時 はどうなることかと肝を冷やしたが、案外近 くにいてくれて助かったよ。記憶を失くした と聞いていたが、その様子だとすっかり取り 戻したようだね。もしや喧嘩でもしたのかな? 頬が濡れてるようだが」  僕の顔を覗き博士が嗤笑する。僕は慌てて 手の甲で涙を拭うと、一見人格者のように見 える和達博士に鋭い眼差しを向けた。  向坂先生がちらりと腕時計の時間を見やる。  そして博士を向き、苦笑した。  「喧嘩のほうがまだマシですよ。すっかり 彼に嫌われてしまいました。十年掛けて築き 上げた信頼関係が跡形もなく崩れ去りました」  肩を竦めて見せると、博士は何度か頷く。  「もとより、裏切りを内包した信頼関係だ。 壊れたからといって君が気に病むことは何も ないよ。それより体調はどうかな?少しでも 早く手術の手筈を整えたいんだが」  労りとはほど遠いその言葉に、僕は表情を 硬くする。出来ることならこのまま僕が死ぬ まで放置して欲しかったけど、それは叶わな いだろう。それなら舌を噛めば誰も傷つけず に逝けるかも。そう考えた僕は徐に口を開く。 死ぬ前に聞いておきたいことが幾つかあった。  「体調は特に問題ないです。少し前に頭痛 があったけど、いまは小康状態を保っている ので手術の準備を進めてください」  「やけに素直だね。素直過ぎて気味が悪い」  「死ぬのが恐いだけです。この頭痛から解 放されるためには、手術を受けるしかないし。 それよりあなたに聞きたいことがあるんです」  抑揚のない声で言った僕をじっと見つめる と、博士は何かを納得したように息をついた。
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