第五章:僕の名は

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 「まあいい。君が何を考えていようとわた しには逆らえないからね。ところで聞きたい ことというのは何かな?」  「僕の両親のことです」  博士の言葉に被せるように言うと、束の間、 沈黙が流れる。流れる沈黙の重さに最悪の事 態を予測した僕は、努めて平静を装った。  「ずっと不思議に思ってたんです。僕にも 両親がいるはずなのに、なぜ僕を助けに来て くれないのか。記憶にないけど僕は親元から 連れ去られたんだと思う。だからいつ、どう やって僕をここに連れて来たのか。僕の親は いまどうしているのか。何もかも聞かせてく ださい」  目の前にいるこの人はすべてを知っている。 そう確信しながら聞いた僕は、それでも恐れ ていた。ずっと避けていたのだ。抱き締めて くれた母の温もりを思い出しながら、その人 がいまどうしているのか、知るのが恐かった。  けれど、何も知らないままでは終われない。  僕は覚悟を決めると、和達博士を見据えた。  「……何もかもか。いいだろう。君とこう して話せる機会もあと僅かだ。何もかも洗い ざらい話そうじゃないか。さて、何からどう 話すべきかな?何も覚えてないとなると説明 がややこしいね」  いつか聞いた言葉を口にすると、博士は腕 を組み天井を仰ぐ。そして細く息を吐きだす と、ゆっくり僕を向いた。  「話しは少し遡るが、もともと大学では(でん) (りょく)インフラに依存した社会を電磁パルス攻撃 から守る研究に従事していてね。若かったわ たしは高邁(こうまい)な理想を胸に、日々研究に没頭し ていた。だが、数年もしないうちに研究を仕 切る特任教授の任期が切れ、わたしを含め研 究者は全員リストラされてしまった。そんな とき出会ったのが、この研究所の職員だった。 精神工学兵器とマインドコントロールの歴史 を綴った論文に目を留めてくれてね。同じ電 磁波を扱いながらもやっていることは真逆で 非人道的。だが自分の居場所を失ったわたし に迷いはなかったよ」  そこで言葉を途切り、博士は自嘲の笑みを 浮かべる。もし、博士がリストラに合うこと なくそのまま研究に従事出来ていたら、僕は いまここにいなかったかも知れない。そう思 うと複雑だったけど、その思いを胸に仕舞い 僕は話に耳を傾ける。  「君を見つけたのは、それから間もなくの ことだ。そよかぜプラザのイベントスペース で落雷制御技術の展示会をしていた時だった。 イベントの終了時刻が迫り何げなく外に出た わたしは、公園で一人遊びをしている男の子 に近づく赤い悪魔の背中を見つけた。男の手 にはキャンディが握られていたから、その子 に菓子をあげるつもりだったんだろう。だが、 そうとわからない男の子は恐ろしい悪魔の姿 に恐怖し、泣き声を上げた。その瞬間、青空 に突然巨大な稲光が走った。そして地を裂く ような轟音と共に、近くにあったクスノキに 雷が落ちた。あの時の驚きと体中の血が沸騰 するほどの感動は、忘れられない。その日の 発雷確率は僅か二%だ。わたしはすぐにその 子どもが落雷を引き起こしたのだと確信した」
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