第五章:僕の名は

13/22
前へ
/145ページ
次へ
 当時の光景を思い出したのだろう。高揚し た表情で言うと博士は両手の拳を握り締める。 僕はその様子を冷々たる眼差しで見つめると、 乾いた声で言った。  「それで、どうしたんですか。僕を見つけ たあなたは、何をしたんですか」  先を促すと博士は我に返ったように僕を見、 息を吐き出す。  「幸い落雷があったクスノキの側に人はい なかったが、辺りは騒然となった。炎を上げ る大木を見て誰もが逃げ惑ったよ。そこへ君 の母親が現れた。泣き叫ぶ我が子を宥め抱き 締めるその顔には、見覚えがあってね。彼女 の名は『如月蓮華』。当時、警察庁の理事官 だったわたしの叔父を裏金問題の矢面に立た せた、犯罪ジャーナリストだ。ゆえに、君た ちの居所を突き止めるのは造作もなかったよ」  「……きさらぎ、れんか」  その名を聞いた瞬間、ずっと記憶の奥底に 閉じ込められていたお母さんの顔を思い出す。 「大丈夫、大丈夫」と言いながら僕を抱き締 めた、やさしい腕。涙でぐしゃぐしゃの顔を 見つめる母は凛としていて、とても美しくて。 長い睫毛に覆われた瞳が、僕とよく似ていた。  「お母さん」  ようやく思い出すことが出来た母の姿に涙 声を漏らすと、視界の片隅で先生が項垂れる。 博士はその様子に、ふ、と笑みを浮かべると、 厭味ったらしく聞いた。  「どうする。この辺で、やめておくかい? 別に君が聞きたくないというなら無理に話す 必要もないんだ」  博士の言葉に僕は、ギリッ、と奥歯を噛み 締める。そして睨め付けると、首を振った。  「そうか、では続けよう。君の能力を目の 当たりにしすぐに居所を突き止めたわたしは、 拉致を企てた。もちろん実行犯は企業が雇っ た人間でわたしが直接手を下した訳じゃない。 如月蓮華は夫と別居中で、定期的に子どもを 預けているという情報を入手していたから、 マンションに二人でいる所を拉致し父親の方 は殺して林道に埋めた。すると、上手くいっ たとほくそ笑んでいたわたしの元に彼女が現 れたんだ。刑事からジャーナリストに転身し たこともあって、なかなか切れる女だったよ。 『息子を返せ』としつこくつき纏う彼女は、 わたしにとっても叔父にとっても邪魔な存在 だった。だから練炭自殺に見せかけ、わたし が殺した。叔父と結託し念密に犯行の計画を 練ったが、完全犯罪を成し遂げるのは難しく てね。マッチ箱を持ち帰るというミスのせい で不審死扱いとなったが、まあ素人にしては 完成度の高い殺人だった」  そう言って誇らしげに笑う博士に、僕は声 を絞り出す。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加