第五章:僕の名は

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 「どうやら、事の重大さがよくわかってい ないようだね。我々の秘密を知った上でこの 研究所に入り込んで、生きて帰れると思って いるのかな?わたしの手は既に血に染まって いるが、さすがに子どもを殺すのは忍びない と思って、向坂先生に裏工作を頼んだんだが」  そう言って、和達博士がジャケットの懐に 手を入れる。そして黒いピストルを取り出す と、あろうことか銃口をドアの前に立つ莉都 に向けた。  「莉都ッ!!!」  頭の不快感に顔を歪めながら、声を上げる。 場の空気が一気に鋭いものへと変わり、二人 の顔も瞬時に強張った。  「ドアを閉めて中に入るんだ。早く」  銃口を向けたまま博士が言い放つと、莉都 はごくりと唾を呑んで、ドアを閉める。威勢 の良かった論平もさすがに抗うことが出来ず、 ただただ険しい顔を博士に向けていた。  「大人しくこっちへ来るんだ」  向けた銃口で二人にそう指図する博士に、 僕は肩を支える先生の手を剥そうと体を捩る。 が、その手は僕をその場に留めようとするば かりで動けない。やはりこの人は味方でも何 でもなかったんだ。そのことにいまさら傷つ きながら僕は懇願した。  「お願いです!!二人には手を出さないで。 僕はどうなってもいい!!どこの国に売られ たって構わない!!だけど二人だけは助けて ください。何でも言うこと聞くから、お願い します!!」  僕の声は涙で震えていた。 いまの僕にとって自分よりも大切だと思える 人たちが、目の前で命の危機に晒されている。 僕のせいで二人にもしものことがあったらと 思うと、体の底から震えが来た。『タスケテ』 なんてメッセージを残してしまったことを、 心の底から後悔した。  涙ながらに訴えた僕の想いが通じたのだろ うか?和達博士の頬が、ふっ、と緩む。  「何でも言うことを聞くか。まったく可笑 しなことを言うね。そんな条件を呑む必要が わたしにないことは、ついさっき身に染みた だろうに。それに考えてみ給え、ここで彼ら が助かったところで、君の能力を使って戦火 を巻き起こせば多くの人間が命を落とすんだ。 その命と何が違う?関係ない人間は死んでも 良くて、自分に近い人間は死んで欲しくない。 そう思っている時点で、君もわたしと同じ偽 善者なんだよ」  不気味なほど穏やかな声で言うと、博士が 両手でグリップを握る。恐怖で竦んで動けな いのだろう。莉都は硬直したまま自分に向け られた銃口を見つめている。その傍らに立つ 論平も微動だに出来ない。その場にいる誰も が、放たれようとする狂気に息を詰めていた。  ふ、と博士が息を吐き指に力を込める。  その瞬間、僕は祈る思いで声を上げた。  「やめてっ!!!」  刺すような沈黙を破り、僕がそう叫んだ時 だった。突然背後から時計が飛んで来たかと 思うと、それがピストルを構える博士の手に 命中した。思わぬ一撃に怯んだ博士は時計が 飛んで来た方を向き、その隙を突いて論平が こん棒を手に襲い掛かる。
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