第五章:僕の名は

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 「莉都ッ!!!」  僕は何が起こったのかわからないまま莉都 の元へ駆け出し、彼女を背に庇うようにして 立った。その僕の目に映ったのは鬼のような 形相で博士に殴り掛かった論平の背中と、 「和達ッ!!」と声を張り上げ博士に飛び掛 かる先生の横顔。二人から同時に攻撃を受け た博士は一瞬どちらに銃口を向けるか迷い、 その迷いを逆手に取った向坂先生がピストル を掴み捩じ上げる。引き金に指を添えたまま ピストルごと右側に捻られた博士は、指の骨 が折れたのか鈍い音と共に「がはっ!」と苦 悶の呻き声を上げた。さらに右足を軸に回転 しながら先生が腕を押し下げると、痛みにピ ストルを落とした博士の体があっけなく床に 倒される。  床に突っ伏した状態で抵抗できなくなった 博士を、「このっ!!」「くそっ!!」と声 を上げながら論平が殴り続け……ついに急所 にヒットしたのだろう。博士は突っ伏したま まピクリとも動かなくなった。  「ストップ、ストップ!もうこれ以上攻撃 する必要はないよ。論平君、落ち着いて!!」  すでに動けなくなった相手を怒りのままに 殴り続ける論平を、先生が手で制す。もう 一撃食らわせようとこん棒を振りかざしてい た論平は、その言葉に正気を取り戻したのか 大きく息を吐きながら腕を下ろした。  僕は後ろに立つ莉都を振り返り、二人して ぽかんと口を開ける。ほんの数分前の危機的 状況がまるで嘘のように床に伸びている博士 を見れば、鮮やかな身の熟しで博士を捻じ伏 せた向坂先生の姿が目によみがえった。  これはいったい、どういうことなのだろう?  その疑問を言外に滲ませれば、先生が落ち ていた送信機を拾い立ち上がった。  「一時はどうなるかと思ったけど、過ちの 功名(こうみょう)とはこういうことを言うのかな。君が投 げた時計が足元に転がっていたお陰で、隙を 作ることが出来た。僕の目配せに気付いてく れた論平君も、お手柄だ。ご協力ありがとう」  その言葉に莉都と顔を見合わせ、論平に目 を向ける。すると、論平は照れたように頭を 掻きながら言った。  「いきなりアイコンタクト送って来られた 時は『は?』って思ったけど、莉都があの人 は悪い人じゃないって言った言葉が頭に残っ てたから咄嗟に動けたんだ。一歩タイミング ズレれば撃たれるから、マジで怖かったけど」  肩を竦めた論平に莉都が目を丸くし、身を 乗り出す。  「あの、あなたは誰なんですか?キッズス マイルの職員じゃないことだけは、わかるん ですけど……」  敢えてその名を出した莉都に、先生は白い 歯を見せた。
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