第五章:僕の名は

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 「いろいろ名前を変えて申し訳ないけど。 僕はキッズスマイルの向坂でも、アレルバの 職員でもないんだ。警視庁公安部の身分秘匿 捜査員、永江司(ながえつかさ)。それが僕の本名でこの十年、 捜査のためにアレルバに潜入していた」  「……ながえ、つかさ?じゃあ先生は警察 の人ってこと???本当は先生じゃなくて? えっ???」  唐突に明かされた真実に混乱し、僕は額に 手をあてる。強力な電磁波に思考を妨げられ た脳では、耳から入った情報をきちんと咀嚼 することが出来ない。  そのことに気が付いたのだろう。  「論平君、ちょっとそれ貸してくれるかな」  「え、別にいいけど」  先生は論平が肩に担いでいたアルミ合金の 護身用伸縮棒を受け取ると床に送信機を置き、 尾先で破壊した。手の平に収まるほどの小さ な送信機が無残にひしゃげ、その機能を失う。  「これで少しは頭がすっきりしたかな?」  ザラザラと頭の中を撫でられるような不快 な感覚が治まり、僕は首を縦に振る。そして、 ずっと自分の教育係だと信じていたその人の 顔を見つめた。  「……永江司、さん。それが先生の本名で、 アレルバの人じゃなかったんだね。初めて会 った時、『僕だけは味方だ』って言った言葉 は、嘘じゃなかったんだ」  ようやく受け止めることが出来た真実に僕 は胸を熱くする。やっぱり、この人は僕の敵 じゃなかった。味方だった。そう思うだけで、 涙が零れてしまいそうだった。  「この部屋は常に監視されていたからね。 僕が君の味方だということも、捜査員である ことも伝えることが出来なかったんだ。でも いまは、天才ハッカーの『天馬』が監視カメ ラも乗っ取ってくれてるだろう?この会話を 聞いた組織の人間が部屋に雪崩れ込んでくる 心配もなさそうだ」  「まさかっ、全部知ってたんですか!!?」  意外過ぎる告白に莉都が声をひっくり返す。  ハッカーの天馬という初めて聞くワードに 僕が目を白黒させていると、先生は破顔した。  「知ってたよ。公安はずいぶん前から天馬 の正体を掴んでたからね。君たちが難なくこ こまで辿り着けたことを考えれば、彼が手引 きしたことはすぐに察しがつく。申し訳ない が偵察に行った時に盗聴器も仕込んでたから、 君たちが研究所に乗り込んでくることもわか ってたんだ。だから、いつここに踏み込んで くるかヒヤヒヤしてた。まさかこのタイミン グで和達が部屋に来ると思ってなかったしね」  盛大なネタばらしに僕たち三人は顔を見合 わせたり、目を瞬いたりと忙しい。真実を知 らされた僕は何だかフワフワして、夢を見て いるようで。急転直下とも言えるこの状況に 開いた口が塞がらなかった。  するとそんな僕の前に立ち先生が顔を覗く。  まだ何か明かされていない真実があるのだ ろうかと、僕は緊張し背筋を伸ばした。
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