第五章:僕の名は

19/22
前へ
/145ページ
次へ
 「十年も傍にいながら、何ひとつ本当のこ とを伝えられなくて済まなかった。君の名は ソラでも七番でもない。刑事から犯罪ジャー ナリストに転身した如月蓮華のひとり息子、 如月柊弥(きさらぎしゅうや)だ」  「……きさらぎ、しゅうや」  実感がないまま自分の本当の名を呟いた僕 に、先生は小さく頷く。  「十四年前、能力が覚醒した瞬間を和達に 見られてしまった君は拉致され、この研究所 に連れてこられた。その事実を知り僕がアレ ルバに潜入したのが十年前。初めて会った時、 君はまだ八歳だった」  「じゃあ僕、十八歳なんだ」  単純に計算し自分の年を知った僕に、莉都 が「はじめ君と同い年だ」と声を漏らす。 すると、大人しく話を聞いていた論平が不平 を口にした。  「潜入して十年って、長過ぎやしないか? どうしていままで、ソっ、柊弥を助けられな かったんだよ?」  もっともな言い分に表情を曇らせると先生 は息をつく。  「この任務の最優先事項は、他にあってね。 もっと早くに彼を救い出したかったが捜査員 である僕の一存で決めることは出来なかった んだ。世間に周知されていない異能力を軍事 利用しようとする組織の摘発の他にもう一つ、 僕には阻止しなければならないことがあった」  「阻止しなければならないこと?」  論平が反芻すると、一拍の間を置き先生は 言った。  「異能力者のクローンを作成し本体が死亡 した場合の代替品を作ることだ」  「え、クローン!?それって現実に出来る のか!?ドラマや映画の中の話だと思ってた」  突拍子もない話に論平が目を丸くする。  話しの展開についていけない僕と莉都は声 もなく顔を見合わせた。クローンというのは 僕のコピーということだろうか?詳しいこと はわからないけど言葉のニュアンスからそう 理解する。  「実は公にはなっていないが、形質細胞を 用いたクローン人間がすでに存在していてね。 柊弥のクローンを作成するために採取された 骨髄が、この研究所のどこかに冷凍保存され てるんだ。近々その骨髄をイタリアの科学ア カデミーに送ることになってる。だから僕は」  そこで唐突に言葉を途切った先生に、僕は 首を傾げる。傾げた瞬間、不意に「パァン!」 と乾いた音がして先生の口から真っ赤な液体 が溢れ出した。  一瞬、何が起こったのかわからず僕たちは 呆然と先生を見つめる。口から溢れたものが 血液なのだと理解するのと同時に先生が頽れ、 僕の足元に倒れた。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加