第五章:僕の名は

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「きゃあっ!!!」 「先生っ!!!!」  僕は叫び声を上げ、先生の傍らにしゃがむ。 蹲るようにして倒れている体を仰向けにさせ れば、真っ白なカットソーが真っ赤に染まっ ている。 ――どうしよう、胸を打たれてる。  小さく開いた穴からどんどん広がってゆく 赤い染みを前に、僕はどうしていいかわから ずただその場所を手で押さえた。すると地の 底から悪魔が這い出てきたようなしゃがれ声 が聞こえ、ざわっ、と全身の肌が粟立った。  「一緒にいるうちに情が移ったのかと思い きや、まさか公安の捜査員だったとは。左手 じゃトリガーを引けないと思っていたのかな? もしそうなら間抜けな話だ」  ふふふ、と不気味な笑い声を漏らしながら、 博士がゆらりと立ち上がる。論平に殴られた 傷が痛むのか、顔を歪めながら右手で頭を押 さえていた。  「んのやろーっ!!!」  再び訪れたピンチに、論平が素早く落ちて いたこん棒を拾い上げる。が、それを手に和 達に飛び掛かろうとした論平は銃口が捉えて いる先を見て、ピタと動きを止めてしまった。  「動くな。動けばお前ではなく後ろにいる 娘を撃つ」  その言葉に、僕ははっと顔を上げる。  先生の体を挟んで僕の斜め前に立っていた 莉都が、自分に向けられた銃口を見つめ青ざ めている。たったいま発砲したばかりのピス トルはきな臭い匂いを放ち、その言葉が脅し でも何でもないことを物語っていた。  「……ちっくしょう!!」  吐き捨てるような論平の声が聞こえ、僕は どうすることも出来ないまま鼓動だけを早く する。どうしよう。どうすれば莉都を助けら れる?ピンチを切り抜けられる?その答えが 見つからないまま、唇を噛み締めた時だった。  ふと、温かな手が胸を押さえる僕の両手に 重ねられた。  「……ちから、を……つかうんだ」  途切れ途切れに聞こえた掠れ声に目を見開 き、けれど莉都を向いたままで僕は溢れそう になる涙を堪える。  「……いまなら、つかえる。しゅ……やっ。 まもりたいひとを……まもれ」  先生の声だ。  先生が僕にこの能力を使えと言ってる。  守りたい人を守るために、力を使えと。  でも能力を使ったせいで他の誰かが傷つい てしまったら?一瞬、そんな不安が脳裏を掠 めたけど。このままでは莉都が打たれてしま う。大事な人が目の前で命を奪われてしまう。 僕は一筋の涙を零すとゆっくりと部屋の奥に 立つ和達萩生(わだちしゅう)を向く。そして意識を集中した。  この力のトリガーとなるのは、恐怖と怒り。  いまの僕に恐怖はないけれど、怒りならば 溢れるほどにある。  こいつが僕のお父さんとお母さんを殺した。  そしていま、大切な人たちを傷つけ命まで 奪おうとしている。許せない。こいつだけは 絶対に、許せない!!  その想いに立ち上がり、湧き上がる怒りと 憎しみを和達に向けた時だった。カッ、と体 が火照って頭にその熱が集まったかと思うと、 天窓から見える夜空が黄色く染まり、物凄い 爆音が辺りに轟いた。
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