第五章:僕の名は

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 「……まさかっ!!」  その音に度肝を抜かれた和達の顔が見えた のは、一瞬だった。巨大な落雷が直撃した建 物は地鳴りと共に小さく揺れ、発生した電磁 パルスの影響ですぐにすべての電源が落ちて しまう。小さな天窓から差し込む月明りはな く、辺りはたちまち真っ暗闇に包まれた。  その闇に乗じて、すかさず論平が動く。  こん棒に備わっている強力ズームライトで 和達を照らすと、直接光源を見て目が眩んだ 和達に再び殴り掛かったのだ。  「こんのぉ!!」  論平の勇ましい叫び声と重なって聞こえた のは、ドカッ、バキッ、という痛そうな音と 和達の呻き声。やがて、バタッ、と倒れ込む 音がしたかと思うと、論平が和達を踏んづけ、 ガッツポーズをするシルエットがうっすらと 暗闇に浮かんだ。  「やったあ!!論平、めっちゃ強いっ!!」  「先生、倒したよ!!今度こそあいつをっ」  その雄姿に莉都と歓喜しながら先生を向い た僕は、思わず息を呑んだ。暗闇でよく顔は 見えないけれど、僕の声が聞こえていないの か何も反応がない。そのことに不安になり顔 を近づければ僅かに息は触れるけど、その息 はいまにも消えてしまいそうなほど弱かった。  「……先生?ねぇ、先生ってば……」  僕は自分でもよくわからない笑みを浮かべ、 先生の肩を揺する。けれどやはり先生は何も 答えてくれない。ただ静かにそこに横たわっ たまま、固く目を閉じていた。  「……先生、死んじゃヤダよ。ねぇ、目を 開けてよ。先生っ!!」  ぽろぽろと涙を零しながら、僕は必死に呼 び掛ける。いつもいつも、僕の傍にいてくれ たやさしい人。この人の温もりがあったから、 この人が向けてくれるやさしい眼差しがあっ たから、僕は閉ざされたこの白い部屋の中で 笑っていられた。  人間らしく生きることが出来た。  「来てっ、論平!!」  泣きながら先生にしがみつくと、莉都が僕 の傍らにしゃがみ論平を呼ぶ。張り詰めた声 に事態の深刻さを悟った論平は、落ちていた ピストルを拾ってカーゴパンツのポケットに 差し込み、僕たちの元へ走ってきた。  「不味いよ。このままじゃ永江さんが……」  「救急車だ。携帯で救急車を呼ぼう」  「それがね、携帯が繋がらないの。はじめ 君の声も聞こえなくなっちゃったし」  眉を寄せた莉都に、僕は涙でぐしゃぐしゃ の顔を上げる。  「ごめん、僕のせいだ。僕が能力を使った せいで、携帯まで壊れちゃったんだ」  そう言って洟を啜ると、論平は険しい顔を して持っていたこん棒を莉都に渡した。  「携帯が使えないなら仕方ない。オレたち で外に運び出すぞ。どこかに公衆電話がある はずだ。オレか莉都が自転車で探しに行こう」  論平からこん棒を受け取ると、莉都はそれ で僕たちの足元を照らす。強力ズームライト は軍隊が使っているというお墨付きもあって、 強い光線がくっきりと暗闇を削った。
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