第六章:この空の下で

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第六章:この空の下で

 「じゃあわたし、一階のカフェで時間潰し てるね」  「うん。僕も話が終わったらすぐ行く」  「いいよ、気ぃ使わないで。ゆっくり話し ておいで」  「ありがと」  オーシャンビューを満喫できるという病院 の屋上に着くと、莉都は屋外に出ることなく いま降りたばかりのエレベーターへ戻る。僕 はその背中を見送ると、芝生が敷き詰められ た開放感溢れる屋上へと足を踏み出した。  芝生を囲むように設えてあるウッドデッキ を歩いてゆけば、いくつかあるベンチの中に その人の姿を見つける。散歩を楽しむ患者た ちから少し離れた場所にぽつりと腰掛けてい る彼の横顔に安堵し、僕は小さく息をついた。  すると海を眺めていた先生がこちらを向く。  「そろそろ来る頃だと思った」  「濱路(はまじ)さんって人から電話があって。ここ にいるって、聞いたから」  そう言って含羞むと、彼も同じ笑みを返す。  「濱路参事官。僕の上司だよ。突入の時に SATを指揮していた人だ」  「ああ」  あの人か、と顔を思い出し頷く。なぜ月見 里家の電話番号を知ってたのか不思議だけど、 電話口の声は柔らかかった。  「体の方はもう大丈夫なの?」  「お陰さまで、一度は三途の川を渡りかけ たけど戻って来たよ。思いがけず臨死体験が 出来た」  冗談を言って肩を竦めた先生の隣に座ると、 僕はおずおずと紙袋を差し出した。  「これ、お見舞いのかぼちゃ最中と論平が 持って帰って来ちゃったやつ。見つからない ように袋は二重にしてきたんだけど」  その言葉に先生は袋を覗きかぼちゃ最中の 下に隠すように入れてある、紙袋を取り出す。 中には和達から奪ったピストルと、月見里家 のリビングに仕掛けられていたカードタイプ の盗聴器が入っている。  あの日の翌日、まるで新婚夫婦のような初 々しさでグアムから帰って来た二人は、僕の 正体や記憶を失うまでの経緯、そして僕を助 けるため巨大組織に乗り込んだ子どもたちの 武勇伝を聞き、三回くらい腰を抜かした。  「いやぁ、普通の環境で育った子じゃない とは思ってたが、まさかそんな想像を絶する 真実が記憶の底に隠されてたとはなぁ」  ショックでへたり込んでしまったハナさん をソファーに寝かせ眉間に皺を寄せると、コ ジさんは何度も首を振る。けれど数秒後、重 い空気を振り払うように、よしっ、と頷くと ダイニングに顔を揃えているみんなに言った。  「取り敢えず、うちに仕掛けられてるって いう盗聴器でも探すっぺ。見つけた人は褒美 に賞金五百円を進呈する!」  そのひと言でどんよりした空気が一気に変 わったのは、言うまでもない。みんな我先に と席を立ち、宝探しでもするかのような心持 で家中を探し回ったのだった。
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