第六章:この空の下で

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 「リビングのテーブルに貼り付けてあった 盗聴器は、桃々が見つけたんだ。宝探しして るみたいで、すごく楽しかった」  くしゃくしゃと紙袋を丸め最中の下に戻し た先生に言うと、彼は息をつき、肩を竦める。  「盗聴器はともかく、こんな物騒なものを 簡単に持ち込める病院の管理体制には背筋が 寒くなるよ。海外に比べて日本の病院は犯罪 に弱いと言われてるけど、来訪者のセキュリ ティーチェックにはもう少し力を入れた方が 良さそうだ」  「あ、ごめんなさい。すぐに返さなきゃと 思って持って来ちゃったんだけど……病院で 渡すようなものじゃなかったね」  「いや、いつまでも君たちの手元に置いて おくのも危険だし助かったよ。そもそも僕が 油断さえしなければあんな窮地に立たされる こともなかった。SATが踏み込んでくると思 っていたから心に隙が出来たんだ。恐い思い をさせて済まなかった」  その言葉に声もなく首を振ると、僕は目を 伏せる。胸を真っ赤に染めて横たわっていた 先生を思い出せば、いま彼が隣にいる奇跡を 神様に感謝したかった。束の間の沈黙に僕が 顔を覗き見ると、先生が徐に口を開く。  「君に話さなきゃならないことがたくさん ある。ありすぎていま、ちょっと混乱してる」  そんなことを言って苦笑する先生に、僕は こくりと頷く。僕も聞きたいことがたくさん あった。それでも、心の中に散らばっている それらを整理すると、至ってシンプルな言葉 が口を衝いて出た。  「先生が知ってることでいいから、お父さ んとお母さんに何があったのか教えて欲しい」  先生が口を引き結び頷く。  僕はその横顔をじっと見つめた。  「実は君のお母さん、如月蓮華と僕は警察 学校時代の同期でね。ときどき会って酒を酌 み交わす仲だったんだが、彼女が離婚を前提 に夫と別居を始めてからは恋人関係にあった」  「こいびと?」  意外な事実に僕は表情を止める。  まさか先生と僕のお母さんがそんな間柄だ ったとは、予想だにしていなかった。  「離婚調停が始まっているとは言え、彼女 はまだ既婚者だ。僕たちの関係は周囲におお っぴらに出来るものじゃなかった。だから君 を父親に預けているときだけ、僕たちは逢瀬 を重ねていたんだ」  まるで懐かしむように目を細めそう言った 先生を、僕は不思議な想いで見つめる。  この人は僕の先生でお母さんを好きだった 人。そう思うと何だか心の奥が温かくなった。 ――十四年前。  「親権争いか。一見、母親である君の方に 軍配が上がりそうだけど。裁判、意外に長引 いてるんだな」  ショットバーのカウンターに腰掛け濃い目 の水割りが入ったグラスを傾けると、蓮華は ため息をつき長い髪を掻き上げた。  「クラウドエンジニアとして大企業で働い ているあの人と、警察を追われた駆け出しの 犯罪ジャーナリスト。収入面で圧倒的な差が あるのもあるけど、裏金問題で世間を騒がせ ているってことも裁判官の心象に影響してる みたい。落ち着いた養育環境を維持できるか、 って質問されたから」
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