第六章:この空の下で

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 苛立たし気にそう言った蓮華に、僕は頬杖 を付き顔を覗く。  「それにしても、彼はなぜそこまで親権に 拘るんだろうな。仕事人間で柊弥君が抱っこ をせがんでも見向きもしないって聞いてたか ら、何だか腑に落ちないよ」  「『自分の遺伝子を継ぐ子どもが、自分の 知らないところで生きてることが許せない』 っていうのが彼の言い分なの。柊弥に対する 愛情というより所有欲といった方がしっくり くるわね」  「なんだ、そりゃ。子どもは物じゃないし どこで生きていようと自分の子に変わりない のに」  「ほんとそう。でもね、自分の遺伝子を受 け継いでるっていう感覚は理解できる。柊弥 の左手の小指はわたしと同じで第一関節が曲 がってるのよ。その小指を見る度に『ああ、 この子は誰が何と云おうとわたしの子なんだ』 って実感できて、嬉しくなるの」  そう言って笑みを浮かべると、彼女は自分 の小指にそっと唇を寄せる。まるでこの場に いない我が子に口付けるようにそうした蓮華 は、世界中の誰よりも息子を愛しているよう に見えた。  「柊弥君が可愛くて仕方ないんだな」  「もしかして妬いてる?」  「まさか。そんなことで妬くくらいなら君 と付き合わないよ。柊弥君も蓮華も僕が守り たいと思ってる。離婚が成立したらあらため てプロポーズするよ」  彼女が愛おし気に口付けた小指を引き寄せ、 その場所に僕も口付ける。すると彼女は複雑 な笑みを浮かべた。  「司の気持ちはすごく嬉しいけど。あなた と一緒に生きられるかどうかはわからないわ」  「なんで。もしかして柊弥君の体質ことが 関係してる?」  「そう。司には話したわよね。柊弥は特殊 な体質で電化製品に干渉できるみたいだって」  「彼が触れるだけで勝手にテレビが付いた り、パソコンが落ちたりするっていうあれか。 そのことで旦那と喧嘩が増えて、上手くいか なくなったんだよな」  「あの人はもともと電化製品オタクだから、 柊弥が家電を壊す度に手を挙げてたの。でも 柊弥に悪気なんてない。どうしてそんなこと が起こるのかも、わからない。だけどあの子 が普通の子と違うことだけはわかるわ。だか ら親権が取れて離婚が成立したら、わたしは 柊弥を連れて人里離れた場所に移り住もうと 思ってる」  僕との関係はそこで終わり。  言葉にはしなかったが、彼女の言ったこと が別れを内包していることくらい理解できた。  「人里離れた場所、か。どこに移り住むか もう目星はつけてるのか?」  「そうね。生活水準が下がっても構わない から出来るだけ人口が少なくて、自然が豊か で、ゆったりした時間が流れてる離島がいい かなと思ってる」  「離島か。それなら瀬戸内海辺りが温暖で 暮らしやすそうだな。地元の食材が旨そうだ」  表情一つ変えずその言葉に賛同し手を握り 締めると、蓮華は目を見開きゆっくりと僕を 向いた。
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