第六章:この空の下で

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 「どうして?お母さんは睡眠薬を飲まされ たのに」  被せるように訊くと先生は緩く首を振る。  「練炭自殺をする者の多くは苦痛を和らげ るために、睡眠薬を服用する。だから、蓮華 の体内から睡眠薬が検出されたとしても何ら 不思議はないんだ。マッチ箱の謎が解明出来 ず彼女の死は不審死扱いとなったが、だから といって犯行に及んだ和達たちが捕まること はない。和達が犯人だと僕が証言しても証拠 不十分のひと言で一蹴され、彼らに捜査の手 が及ぶことはなかった」  「結果的に完全犯罪が成立したようなもん だね。二人も人を殺しておきながら、彼らは 何にも罪に問われないまま、僕が拉致された 事実も闇に葬られたんだから」  真実を知り感じたままを口にすると先生は 唇を噛み締める。別に先生を責めるつもりは なかったけど、辛そうに顔を歪めている先生 を見て、僕は「ごめんなさい」と呟いた。  「いや、君の言う通りだ。警察組織が犯行 に関与していると知りながら、何も出来なか った自分が不甲斐ないよ。結局、自分は巨大 組織の歯車でしかない。そう痛感した」  自嘲の笑みを浮かべると、先生は真っ直ぐ 海を見つめ言葉を続ける。  「だが、君を救えないまま燻っていた僕に、 ある時、転機が訪れたんだ」  「転機?」  「ああ。君が誘拐された翌年、公安の外事 課に非公開組織が新設されてね。外国の治安 機関と連携し異能力者の軍事利用を阻止する 外事第五課に、濱路参事官の声掛けで異動す ることになった」  「……異能力者の軍事利用って」  僕が目を丸くすると先生は口角を上げる。  「そう。君をアレルバから救い出したい僕 にとってこの異動は渡りに船だった。すぐに 濱路参事官に君の存在を伝え、潜入捜査官に 志願したんだ。だが、アレルバの厳重警戒を くぐり抜け組織に潜入するまで三年の月日を 要してしまった。しかも、この任務の最優先 事項は君を救出することではなく、取引現場 を押さえ、アストラル社に存在する異能力者 の特殊部隊を撲滅すること。だから僕は君の 傍にいながら、助けることも、真実を告げる ことも出来なかった」  「異能力を使って悪い人たちが戦争を起こ せば、多くの人が犠牲になる。先生の役目は 起きてはならない戦争を未然に防ぐことだっ たんだね」  事実を冷静に受け止め、そう口にした僕に 先生は僅かに目を伏せる。
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