第六章:この空の下で

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 「僕の担当医が?」  「たぶん、組織に脅されて仕方なく和達に 協力していたんだ。家族を人質に取られれば、 何の力もない民間人に抗う術はない。少し前 に林道で発見された白骨死体が君の父親だと いうことも、彼が自供したよ。いま歯科医師 会のデンタルシートと照合しつつ、該当者の 頭蓋を合わせる科学捜査の両面から身元を割 り出してる。何もかもこちらの思い通りにい かなかったが、警察と犯罪組織は常にイタチ ごっこだ。軍需企業が異能力者の悪用をやめ ない限り、いつかまた組織を検挙する機会が やってくるだろう」  先生の言葉に目を細め僕は小さく頷く。  僕の異能力を取り巻く一連の事件は、これ ですべて解決した。なのに、なぜか僕の心は ぜんぜん晴れなかった。  組織の陰謀から解放されようやく自由の身 になれたけれど、これから先、どこで、どう やって生きていけばいいか僕はわからなかっ たのだ。あの日、先生が送信機を破壊し僕は 初めて自分の意思でヴォルトキネシスの能力 を使った。その破壊力は、想像以上に凄くて。 ただ、湧き上がる怒りを相手に向けただけで 容易く巨大な落雷を引き起こすことが出来る この力が、恐ろしくなった。  だからあれから二週間、月見里家で暮らし ていた僕は毎日びくびくしていたのだ。  もし間違って僕が能力を使ってしまったら。  もし僕のせいで誰かが傷ついてしまったら。  そう考えると夜も安心して眠れなくて…… こうして自由になれたことを心から喜んでい る自分がいなかった。  悔しいけど、博士の言う通り僕はこの能力 を持て余している。未だ僕の脳に巣食ってい る病魔のことも考えれば憂鬱で、とても晴れ やかな気持ちで目の前の風景を見やることが 出来なかった。  そんな僕の胸奥を察したのだろうか?  先生はパジャマの胸のポケットから何かを 取り出すと、僕に言った。  「いつか、君をアレルバから救い出せたら 渡そうと思ってた」  「……これって、もしかして」  そっと差し出されたそれを見て、目を瞠る。  先生の体温でほんのりと熱を持ったそれは、 使い古された黒い携帯で。僕は恐れるように 受け取ると、先生の顔を覗く。  「それに蓮華が残したメッセージが入って る。六十秒にも満たない短いメッセージだが、 この世に唯一残っている君のお母さんの声だ」  そう口にすると先生は携帯を操作し、再生 ボタンを押す。僕は鼓動を早くしながら携帯 を耳にあてると、ピーッという発信音の後に 聴こえてきた声に瞬きを止めた。
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