第六章:この空の下で

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 「今日はメガネ、掛けてないんだね」  「……ああ、あれは伊達メガネだから。度 は入ってないんだ」  「もう、『先生』って呼ぶの可笑しいかな? ずっとそう呼んでたから、『永江さん』って 呼ぶのちょっと違和感ある」  言って肩を竦めると、先生はようやく頬を 緩める。  「十年も先生やってたからな。君が良けれ ばずっと『先生』のままで構わないよ」  その言葉に笑みを返すと僕は空を見上げた。  「なんでかな。遠く離れた離島で先生と暮 らしてる僕を想像すると、お母さんの笑顔が 目に浮かぶんだ。何だかその場所でお母さん が待ってる気がする」  「同感だ。僕もそこで蓮華が待ってる気が する。三人で暮らすはずだった未来を取り戻 せるような、そんな気持ちになってる」  聞き慣れた口癖に僕が、ぷっ、と吹き出す と先生は不思議そうに目を瞬いた。  「どうした?」  「ううん、何でもない。僕、先生と一緒に 行くよ。手術を受けて、病気を治して、自分 で能力をコントロール出来るように訓練する」  「……そっか。じゃあ、いつまでもこんな とこでのんびりしてらんないな。早く治して、 色々動き回らないと」  満たされた息を吐き遠い海を見つめる先生 に、僕は小さく頷いた。  そして同じ景色を見つめながら、『ソラ』 として過ごした日々に別れを告げたのだった。 ◇◇◇  「忘れ物はない?全部リュックに入れた?」  「はい」  新しいスニーカーを履き玄関の外に出ると、 僕は羽那さんを振り返った。するとエプロン をしたまま外に出て来た羽那さんに、「はい」 と風呂敷に包まれた三段重を手渡される。  ずしりと重みのあるそれは、運動会のとき レジャーシートに広げたものだ。  僕はその三段重を手に、思わず目を瞬いた。  「これ、莉都と二人で作ったの。精力付き そうなお肉やお野菜がたっくさん詰まってる から、永江さんと一緒に食べてね」  「ありがとうございます。でも、このお重、 もらっちゃっていいんですか?」  「いいのよ。そんなのはいつでも買えるん だから。気にしないで持って行きなさい」  「じゃあ、いただきます」  ぺこりと頭を下げると僕はガレージの横を 抜け公道に向かって進む。その後にみんなが ぞろぞろと続き通りに出ると、一同が一列に 並んだ。  朝未(あさま)だきの街に人影はなく僕を迎えに来た 先生の車だけが、家の前に停まっている。僕 を見送りに出てきた月見里家の人たちに車の 前で一礼すると、先生は見守るようにその場 に佇んだ。  僕は真新しいリュックを背負い、昨日買っ てもらったばかりのジャケットの襟を誇らし げに握り締める。月見里家で過ごす最後の日 となった昨日は僕の服や靴を買い揃えるため みんなで街へ繰り出し、夕食はお皿が回って いるお寿司屋さんに連れてってもらったのだ った。
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