第六章:この空の下で

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 「間に合った!!」  「うわぁ、きれい」  狭路を走り抜け砂浜の近くに自転車を止め ると、僕たちは手を繋いでまだ街灯の灯りが 灯る桟橋まで走った。  夜が明けきらぬ冬の海は凍えるほどに寒く、 僕たちの他に人の姿はない。淡い橙色とうっ すら残る夜の瞑色が混ざり合う空を背景に、 街灯の白熱灯がぼんやりと光を放つ様は想像 していたよりもずっと幻想的で。僕たちは手 を繋いだまま、しばらく目の前の美しい光景 に心を奪われてしまった。  けれど穏やかな波の鼓に耳を澄ましていた 僕は、ふと、繋いでいた莉都の手の冷たさに 気付く。隣に立つ莉都を向けば、彼女は冷え た海風に首を竦めていた。  「莉都、寒い?」  「ううん、大丈夫。街灯の灯り、点いてて 良かったね。はじめ君がこの景色見るために 徹夜しようと思ったの、わかる気がする」  「うん。いつか見に来たいと思ってたけど、 今日、莉都と見られて良かった。寒いからか な?空気が澄んでて、いつもより海も綺麗な 気がする」  言ってまた朝焼けに煌めく海を見つめると、 莉都はなぜか繋いだ手に少しだけ力を込めた。  「……あのね、わたし、ソラがいなくなっ ちゃうのが嫌で、最初のうちは記憶が戻らな ければいいのにって、心のどこかで思ってた んだ。でもいまは記憶が戻ってホントに良か ったと思ってる」  ぽつりぽつりと言葉を探すようにそう言っ た莉都を向くと、彼女は僕を見つめ、いつも の笑みを浮かべていた。  「如月柊弥。良い名前だね。なんかソラの イメージにぴったりっていうか。うん、凄く かっこいいと思う」  照れたように笑みを深めた莉都に僕も同じ 笑みを浮かべる。  「僕も少しずつ記憶が戻り始めた頃は不安 で、ソラでいたくて、なんにも覚えてないっ て嘘もついちゃったけど。いまは思い出して 良かったと思ってる。取り戻した記憶は胸が 潰れるくらい苦しいことばかりだけど、でも、 お母さんのことを思い出せた。愛されてたこ とも知った。それだけで如月柊弥として生き る意味があるって、思えたから」  人は誰しも、生まれたいように、生まれる ことは出来ない。こんな能力を持たず普通に 生まれたかったと願ったところで、僕に与え られた人生は何も変わらない。  だから、人は何もかもを受け入れて生きて ゆくのだろう。捨てられない過去を背負い、 自分の生きる意味を見つけながら。  「手術が終わって、力をコントロール出来 るようになったら、ここに戻ってくればいい のに。お父さんもお母さんも、きっと家族と して迎えてくれると思うし、わたしも、柊弥 に傍にいて欲しいし」
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