第六章:この空の下で

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 そう言った莉都に、僕は僅かに目を見開く。 まさかと思いながら僕が映り込む莉都の瞳を 覗けば、そこに、いままで気付かなかった僕 への想いを見つけてしまう。 ――莉都も僕と同じ気持ちなんだ。  そう直感した僕は、嬉しさと戸惑いに言葉 を失ってしまった。急くような想いにとくと くと鼓動が早なる。このまま僕が気持ちを伝 えれば、僕たちは離れてもまた一緒にいられ るかも知れない。能力をコントロール出来る ようになれば、誰かを傷つけることに怯える こともなく莉都の傍にいられるかも。  その想いのまま勢いで口にしてしまおうと した僕は、けれど瞬前に過去を振り返り、開 きかけた口を閉じる。 ――僕には奪ってしまったものがある。  たとえ僕のせいじゃないと莉都が言っても。  僕は悪くないと、みんなが許してくれても。  それは重すぎる十字架を僕が背負い切れな いと思うからであって。だからこそ僕だけは 自分のしたことを忘れちゃいけない気がした。  いつか、僕は生まれてきて良かったんだと、 心から思えるそのときが来るまでは、僕は僕 のしたことを忘れちゃいけないと思った。  出来ることなら、この広い空の下で莉都に 好きと言いたかったけど。あの小さな空の下 ではなく、果てしなく続くこの青い空の下で 君が大好きだと言いたかったけれど――。  僕はその想いを胸に仕舞い別の言葉を探す。  そしてじっと僕を見つめる莉都に、言った。  「月見里家の人たちが大好きだし、莉都の 気持ちも嬉しいけど。僕、先生と暮らすよ」  「……そっか。そうだよね。こんなことに ならなければ、柊弥のお母さんと永江さんと 三人で暮らすはずだったんだもん。いまさら うちの家族になるとか言ったら、永江さんも 悲しむよね」  そう言って無理に笑って見せた莉都の手を、 僕は遣る瀬無い想いで握り返す。  「先生に寂しい思いさせたくないっていう のもあるけど、月見里家に戻ろうと思わない 理由は他にもあるんだ」  「戻ろうと思わない理由?」  「うん」  莉都が不思議そうに首を傾げる。僕は冷え た空気を胸いっぱいに吸うと、柔らかな笑み を浮かべた。  「……僕、莉都とは兄妹になりたくない気 がするから」  その言葉を莉都がどう受け取ったかはわか らない。けれどほんのり彼女の頬が染まった ように見えたのは、決して、寒さからだけで はないのだと……僕は、そう思うことにした。  僕たちはどちらともなく笑みを交わすと、 次第に明るくなる世界を二人で見つめながら、 別れを惜しむように朝焼けの中に佇んでいた。
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