エピローグ

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 オレはうんざりした顔で息をつくと、吐き 出すように言った。  「あんな嬉しそうな顔で手紙を握り締めて る莉都に、水差すようなこと言えるワケない だろ。この三年、どれだけ莉都がアイツから の連絡を心待ちにしてたか嫌というほど傍で 見てきたんだ。このまま帰って来なかったと しても別に構わねーよ。遠く離れたってオレ と莉都の関係が変わるわけでもねぇーし」  「まあ、それはそうだけど」  冗談半分で揶揄ってきた妹に真剣に答える と、桃々は赤ペンを弄びつつ虚空を見つめる。  郵便ポストに差出人どころか何も書かれて いない手紙が投函されていたのは、三日前の ことだ。柊弥が家を出てからというものほぼ 毎日ポストを確認していた莉都は、まっさら な便箋を見るなり急速冷凍庫へ走り、やがて 浮き出て来た文章に「来たーっ!!」と歓喜 の声を上げたのだった。  そこに認められていたのは手術が無事成功 し、いまは瀬戸内海に浮かぶ周囲約六キロの 離島に永江さんと暮らしているという近況で。 人口八十人にも満たない小さな島には百匹を 超える猫たちが、のびのびと暮らしているの だという。  「まさに猫パラダイスだな」  パンダを抱っこしながらオレが手紙を覗き 込むと、「きっとこの子の影響だね」と莉都 は目を細めパンダの頭を撫でた。  さらに手紙を読み進めてゆくと柊弥は能力 を制御する訓練の傍ら、廃校となった小学校 の竹細工の体験工房で働いていることが書か れていた。  そして最後に「ぜひ遊びに来てください」 という言葉と共に便箋に挟んであったのは、 フェリーのチケットだ。有効期限は二カ月と 書かれていたが莉都はその日のうちに荷造り を始め、専門学校が春休みに入る今日、家を 飛び出して行ったのだった。  「製菓衛生士の試験も受かったし、いつか 独立して自分の店を持ちたいって言ってたし。 社会に出たらそのうち離島に移り住むかもな。 島民が集う古民家カフェとかほのぼのした感 じの店、莉都に向いてそうだし」  そんな未来を想像する胸はやはりちょっと 苦しくて。その想いを感じ取ったらしい桃々 が心配そうな顔を向ける。  「はじめ君心配してたよ。『論平は超一途 だから一生片想いしてそうだ』って」  「一生って、オレそこまで一途じゃねぇし。 それに恋人は別れたらおしまいだけど、オレ たちは血縁を超えた家族としてずっと繋がっ ていられんだ。そういう関係も案外いいかも っていまは思ってる。一生切れない縁なんて、 なかなかないからな」  「失恋して、ちょっと大人になった感じ? 考え方が変わると気持ちも違ってくるもんね」  「うるせー。失恋って言うな!!」  「あははっ」  照れ隠しに拳を握って見せると、ノートを 盾にして桃々が可笑しそうに笑う。かと思う と突然、「あっ」と声を上げまじまじとオレ を見つめるので、オレは「どした?」と首を 傾げた。  「いまね、莉都ちゃんの心が震えたの」  「……そっか。じゃあ会えたのかもな」  そう言って息を吐き振り上げた拳を下ろす と、オレも桃々も窓の外を見やる。  「たくさん辛い思いしたぶん幸せになれる といいね」  「ああ」  「あの二人ならきっと大丈夫だよね?」    「大丈夫なんじゃん」  聞かれるままに答えるとオレたちは顔を見 合わせ、どちらともなく笑い合ったのだった。                  =完= ✽この物語を読了くださいまして、ありがと うございます。読者様とのご縁をいただけま したこと、心より感謝致します。橘弥久莉✽
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