プロローグ

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プロローグ

 人は誰しも、生まれたいように生まれてくる ことは出来ない。生まれ落ちる場所も、時代も、 親も、姿形も、何ひとつ自分では決められない。  それでも、人は与えられた人生を受け入れて 生きてゆく。捨てられない過去を背負い、まだ 見ぬ未来へと進んでゆく。  一歩、一歩、この足で大地を踏みしめながら。  寄せては返す紅波(こうは)を眺めながら、風切り音に 耳を澄ます。一定のリズムを刻み大地を蹴れば、 小さな輪の向こうで大きな世界が煌めき、呟く 声と共に揺れた。  「……はち、きゅう、じゅう、いち、にっ」  数を数える度に、冷えた潮風が喉をヒリつか せる。休むことなく二重跳びを跳び続けた体は 重く、限界が近づいていた。だけど五十回まで もう少し。あと八回。――そう思った時だった。  「すごい、上達するの早いねぇ!」  不意に背後から明るい声がして、僕はジャン プするタイミングを外してしまった。  「あっ」  ほんの一瞬、タイミングがズレた僕の足が青 い縄を踏んづけてしまう。そのことに目を見開 き呆然としていると、僕の前に回り込み莉都(りと)が 手を合わせた。  「ごめん、声掛けちゃダメだったね」  片目を瞑りながら申し訳なさそうに顔を覗く 莉都に、僕はゆるゆると首を振って笑みを向け る。そして大きく息を吐くと、糸が切れた人形 のように、その場に大の字で寝転がった。  「はぁ、疲れた」  心地よい芝生の感触に脱力する。  僕の傍らに、ちょこんと莉都がしゃがむ。  「二重跳び、何回跳べたの?」  「最高で四十二回」  「ホントに!?」  「ホントだよ」  質問に即答すると莉都が目をまん丸くする。  僕は誇らしげに口角をあげ、芝生に置いて おいた、『縄跳び級判定表』に手を伸ばした。  「二重跳びは四十回跳べたら名人級だから、 五十回達成しようと思って頑張ったんだけど。 惜しかったな。あと八回で五十回だったのに」  「四十回超えただけで十分すごいよ。まだ 始めたばっかりなのに、判定表がほとんど緑 に染まってるもん」  跳べた回数のところを緑の色鉛筆で塗りつ ぶした判定表を手に、莉都が称賛する。  小学生の目標レベルを達成しただけなのに 「すごい、すごい」と、褒めてくれる莉都に、 僕は羞じらいを隠せない。  「桃々(もも)が連続して跳ぶコツを教えてくれた んだ。数は十ずつ数えるとか、体が『く』の 字に折れないように意識するとか」  指先で鼻の下を擦りながら言うと、莉都が 朗笑する。夕暉(せっき)に照らされた髪が潮風を受け、 緩やかに揺れている。  「桃々は二年生なのに名人級を全部クリア してるからね。あや二重跳びだって楽々飛べ ちゃうくらい縄跳び大好きっ子だし」  「うん。宿題があるから部屋に戻ったけど、 さっきまで傍にいて教えてくれた。桃々も縄 跳び持ってきて、どっちが長く跳べるか競争 してた」  「そっか」  ぴったりと折り畳んだ膝に莉都が顎を乗せ る。そして、小首を傾げると寝転がったまま 遠く空を見上げていた僕に言った。
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