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第一章:秘密
まるで温室にいるような蒸し暑さと息苦し
さに、重い瞼を開ける。開けた瞬間、激しい
頭痛とめまいが襲ってきてわたしは思いきり
顔を顰めた。
「……つっ、なに?」
自分の身に何が起きているのか?
状況が呑み込めないまま額に手をあて、再び
目をこじ開ける。鉛のように重い頭を持ち上
げれば、つ、と温かな汗が鼻筋を滑り落ちた。
やがてぼやけた視界に映ったのは見慣れた
車内で。けれど、前部座席に蒸し暑さの原因
が置かれていることに気付いてしまう。
――七輪が並んでいる。
その意味に戦慄した時、フロントガラスの
向こうで何かが揺れた。目を凝らして外を見
れば、ヘッドライトに照らされた人物が勝ち
誇った顔で手にしたスマートキーを揺らして
いる。それは紛れもなくこの車のキーで……。
わたしは絶望する間もなくドアハンドルに
手を伸ばした。が、震える手で取っ手を掴み
引っ張ってもドアは開かない。空しくレバー
が前後するだけでドアは微動だにしなかった。
きっと、チャイルドロックが施されている
のだろう。ロックボタンはリアドアの後端に
あり、外からドアを開けないと解錠出来ない。
僅かに残った理性がわたしにそう悟らせる。
それでもここで死ぬわけにはいかなかった。
わたしは次第に混濁していく意識の中で体
を引きずり、ドアの隙間を覆っている透明の
粘着テープを剥そうと足掻いた。
「……おねが、いっ」
開いて。感覚が麻痺し動かなくなってゆく
指を必死に動かす。するとテープの端を引っ
掻くわたしを覗き込むようにして、あの男が
窓の外に立った。メタルフレームの眼鏡の奥
にある目が冷たく歪む。そして、目の前の唇
がゆっくりとその言葉を模った。
――サ・ヨ・ウ・ナ・ラ。
言ってニヤリと嗤ったかと思うと男はキー
を弄びながら背を向ける。去ってゆく背中を
眺めていたわたしは、ついに力尽きシートに
顔を埋めた。
「……たすけて、ツカ……サ」
声にならない声を発し、目を閉じる。
耳鳴りのように聞こえていた鼓動がその音
を失くし、すべての感覚が遠のいていった。
意識が闇にのまれる寸前、脳裏に浮かんだ
のは、この世で一番愛しい笑顔だった。
◇◇◇
真っ白な天井にぽっかりと青い空が浮かん
でいる。緩やかに傾斜した天井にある小窓か
ら、柔らかな陽の光が射し込んでいる。僕は
ベッドに寝そべったまま空を眺め、ふと頭に
浮かんだことを口にした。
「空って、どこから青いんだろう?」
それは、至極素朴な疑問。
地上から、果てしなく宇宙にまで繋がって
いるはずの空は、いったいどこから青いのか。
ぼんやりとそんなことを呟いた僕に、傍ら
から穏やかな声が答えてくれる。
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