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「……ごめんなさい。なんか頭がモヤモヤ
してなにも思い出せなくて。僕、どうしてあ
そこにいたのかな」
最後の方は独り言だった。じっと一点を見
つめ記憶を辿ってみても、目を覚ますまでの
ことがなにひとつ思い出せないのだ。まるで
薄い膜に脳が覆われているような奇妙な感覚
で、ふわふわと現実感がない。唯一はっきり
わかっているのは、ここが夢の中じゃないと
いうことだけだった。
「はぁっ!?なにも思い出せないってどう
いう意味だよ。もしかして、自分がどこから
来たとか、自分が誰だとか、そういうことも
忘れちゃったってことか?まさか帰る家もわ
からないとか言わないよな!?」
『論平』と呼ばれていた男の子が勢いよく
立ち上がり、一息に捲くし立てる。その剣幕
に気圧された僕は、肩を震わせ身を硬くした。
「ちょっと論平、落ち着いて。そんな怖い
顔したら、思い出せるものも思い出せなくな
っちゃうでしょ?あ、ごめんね。悪気はない
んだけど、この子、気分が高揚しやすいとこ
があって。あれだよね?庭にいた理由は思い
出せないけど、名前とか家の住所とかはわか
るんだよね?」
僕を睨みつけている彼を宥めつつ、彼女が
柔らかな笑みを向ける。確か二人から『莉都』
と呼ばれていただろうか。小首を傾げながら
顔を覗き込む彼女に、僕はこれでもかという
ほど目を泳がせてしまった。
「……えっと、名前……なまえ、僕の名前
は、うーん。あれ……僕、なんて名前だっけ」
「あちゃ。こりゃマジで記憶喪失っぽいな」
首を捻りながらうんうん唸っている僕を見
つめ、そばかすの男の子が深いため息を吐く。
その言葉に論平の腕を掴んでいた莉都は、
信じられないといった顔で声を上げた。
「うそっ、どうしよう!?携帯もお財布も
持ってなかったし、着てるのも部屋着っぽい
から、もしかして訳アリかなと思ってたけど。
まさかホントに記憶喪失だなんて」
「ったく!だから言ったろ。得体の知れな
い人間にむやみに関わるなって。どうすんだ
よコイツ。いまさら追い出せねーだろ」
突っ立ったままオロオロし始めた彼女に、
論平は口を尖らせ、そっぽを向いてしまう。
僕はどこかで転んだのだろうか。ところどこ
ろ薄っすらと汚れている灰色のスウェットを
見ながら、親指の爪を噛んだ。
「騒ぐなって。携帯も財布も持ってないっ
てことは、その足でここまで来たってことだ
ろ?だったら彼の家はここからそう遠くない
はずだ。母さんが買い物帰りに交番寄るって
言ってたし、取り敢えずは様子見だな」
「様子見って……。おまえ、何でもいいか
ら他になにか思い出せることないのかよ?ど
んな家に住んでたとか、いつも乗ってた電車
の色とかさ」
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