第四章:声の主

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 「公園行っても、スーパー行ってもいない から、もしかして、と思って来てみたんだが。 夜の藤岡桟橋もなかなかいいなぁ。海釣りは できんが、物思いに耽るにゃあもってこいだ」  心配をかけた息子を怒るでもなく、そんな ことを言ってコジさんは真っ暗な海を眺める。 はじめ君は口を引き結び、さっきまで膨れっ 面をしていた莉都も、静かに二人を見守るよ うに口を噤んだ。  「なあ、はじめ。なにか悩みでもあんのか」  唐突にそう問い掛けてきたコジさんにはじ め君は目を見開き、けれど小さく首を振った。  「別に、悩みなんてないよ。ただ、息抜き したくてここに来ただけ。インターバルって やつ?ちょっと、色々疲れちゃってさ」  「そっか。まあ、そういう時もあるよなぁ。 十八歳は大人にもなり切れない、子どもでも いられない微妙な時期だ。人生の分岐点に立 たされる時でもある。頭の中でぐるぐる考え てると、思考の幅が狭まっちまって、わけが わからなくなることもあるよな」  はじめ君が唇を噛み、俯く。  すると、コジさんはゆっくり彼を向いた。  「でもな、はじめ。もし、十八になって家 を出たらうちの子じゃなくなると思ってんな ら。措置解除になったらうちにいられないと 思って悩んでるなら、そりゃ大きな勘違いだ」  「は?」  その言葉に、はじめ君が弾かれたように顔 を上げる。莉都もはっとして、目を見開いた。  「やっぱり、そうだったか。いやな、お前 の部屋に行ってみたら学生寮の申し込み書が 置いてあったから、もしかしたらと思ってな」  言いながら、ガサガサとポケットから何か を取り出す。しわしわになったそれは、広げ てみれば白紙の『入居申請書』で。はじめ君 はポカンと口を開けたまま、それを受け取る。  「はじめ、家にいたいなら別に無理に出て くことはないんだぞ。お前の行きたい大学は 県内にないが、大学生になりゃあ通学に二時 間くらいかけて来る生徒なんかザラだろう?」  「いや、でも、十八過ぎたら俺、社会的養 護の対象じゃなくなるし、養育里親の契約も 自立するって決まってるし」  「だからそれは書類上のことだろう?法律 がどう決まってようと、親子として暮らして きた絆は変わらない。十八になろうと、措置 解除になろうと、お前は父さんの大事な息子 で、月見里家の長男だ。どうしても家を出て 独り立ちしたいって言うなら親として応援す るが、そうじゃないなら、このまま家にいれ ばいいよ」  「……父さん」  はじめ君がくしゃりと顔を歪めた。  口元を震わせ、目に涙を溜めていたかと思 うと、その涙が零れ落ちる前に両手で顔を覆 ってしまう。
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