第四章:声の主

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 目の前が黄色い光に包まれたのと同時に、 閉ざされていた自分の記憶の中に放り出され たような、そんな感覚だった。僕は眩い光の 中で、ただひたすら目を見開いていた。 ――そこがどこかは、わからなかった。  場所はわからないけど、光の向こうから人 の声が聞こえてくる。会話のやり取りから声 の主は、二人の男性だということがわかった。  「やはり、頭痛の原因は脳腫瘍でしたか」  「残念ながら、悪性の髄膜腫ですね。後頭(こうとう) 蓋窩(がいか)に腫瘍が出来て、脳を圧迫していること が頭痛の原因と思われます。このまま放って おけば症状が進み、めまいや意識障害なども 出てくるでしょう」  誰かの指先が僕の瞼を固定し、見開かれた 眼に光を当てている。僕は眩しくて仕方ない のに瞼を閉じることも、体を動かすことも出 来ない。もしかしたら椅子か何かに、体を固 定されているのかも知れなかった。  動かない体を必死に動かそうとしている僕 を他所に、二人の男性は淡々と会話を続ける。  「手術で何とかなりそうかな?彼は大事な ××だ。こんなことで見す見す死なせるわけ にはいきません」  「いまのところ、動眼神経の方はまだ異常 が出ていません。付着部硬膜も含めた腫瘍摘 出手術を行い、取り切れない部分は陽粒子線 治療を行いましょう」  「それで命は助かるのかね?」  問い掛けにもう一人の男性は浅く息を吐く。  「再発さえしなければ予後は良好と言えま すが、なにぶん悪性の場合は再発率が高いの ではっきりしたことは言えません。もし再発 してしまった場合、五年生存率は六十%前後 かと。陽粒子線治療が功を奏するといいので すが」  「そうか。とにかく、早急に手術の手筈を 整えよう。彼の××××はもう決まっている。 死んでしまいましたじゃ済まされない」  「わかりました。最善を尽くします」  その言葉と共に、視界を覆っていた眩い光 が霧散してゆく。眼前の光景が元の暗闇に戻 ったかと思うと、金縛りのように動けなかっ た体が、突然、自由になった。  ふっ、と体の力が抜け僕はよろけてしまう。  その僕の腕を掴み、莉都が顔を覗き込んだ。  「ちょっと、大丈夫?どうしちゃったの? 狐につままれたみたいな顔してるよ」  切れ長の双眸が、心配そうに僕を見つめる。  僕は文字通り狐につままれたような心地で、 莉都の顔を間近に見ながら、ぱくぱくと口を 動かした。  「……僕、ずっと、ここにいたよね?」  「えっ、なに言ってるの?ずっと、いたよ。 帰ろうかって歩き出したら向こうからライト を照らしながら論平が走って来て、そしたら ソラが急に立ち止まっちゃって」  僕は莉都の横で口をへの字にしている論平 に、目を向ける。その手には、莉都が鬼のこ ん棒のようだと称したそれが握られていて。 論平はまさに、鬼の首でも取ったような得意 げな顔をしていた。
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