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彼の質問に、僕はゆっくり顔を上げる。
そして、噛んでいた爪から口を離した。
「……乗ってた電車の色とかは思い出せな
いけど、真っ白な天井に浮かぶ小さな空を眺
めてたのは覚えてる。天窓って、いうのかな。
夢の中で僕はその空を見てて、傍で男の人が
空の話をしてくれて」
「はぁっ?夢の話かよ!?そんなの聞いた
って、なんの手掛かりにもなんねーじゃん!」
つい先ほどまで見ていた夢の話を口にした
途端、頭の上から頓狂声が降ってくる。その
声にまた身を硬くすると、論平の隣に立って
いた莉都が人差し指を顎にあてた。
「夢に見たことが現実じゃないとは言い切
れないでしょ?もしかしたら夢に出てきた人
はお父さんかも知れないし、天窓のあるお家
に住んでたのかも知れないし。でも、確かに
それだけじゃ身元を特定できないよね。あと
手掛かりになりそうなのは……身に付けてる
ブレスレットくらいかなぁ?」
言われて初めて、僕は両手にブレスレット
をしていることに気付く。ひんやりとした無
機質なそれはステンレスとマットブラックの
ゴムのような素材で出来ていて、ずっと身に
付けていたのだろうか。ところどころ小さな
傷が出来ていた。
「なんかソレ、鎖ないけど手錠みたいだな。
ブレスレットにしてはゴツイし、どっかに囚
人番号とか彫られてたりして」
茫洋とブレスレットを見つめていた僕の手
を論平が掴んで、まじまじと見る。ぐい、と
強引に引かれた手が痛んで、僕は顔を顰めた。
「……いっ」
「あ、コイツ右手怪我してる」
「ホントだ。転んだのかな?」
右手の月丘辺りに擦りむいたような傷があ
るのを見つけ、二人が顔を見合わせる。僕は
解放された右手を擦りながら、身に覚えのな
い傷に眉を寄せた。僕たちのやり取りを静観
していたそばかすの男の子が、徐に口を開く。
一同の視線が彼に集まった。
「スウェットも汚れてるし、どこかで転ん
だんだろ。そのブレスレットは手錠型のバン
グルだと思うよ。前にネットで似たようなの
見たことあるし。両手につけるのはファッシ
ョン的にどうかと思うけど」
肩を竦めると、彼はすっくと立ちあがる。
そして腰に手をあて、親指で部屋のドアを
指し示した。
「ひとまず目を覚ましたわけだし、そろそ
ろ下にいる父さんたち呼んでこようか。もう
すぐ母さんも帰ってくるだろうし、って、噂
をすれば何とやらだな」
そばかすの男の子が、にぃ、と笑ったかと
思うと階下から『ただいま』という声が響い
てくる。すると、その声に弾かれたように身
を翻し、「オレ呼んでくる!」と論平が部屋
を飛び出して行った。
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