第四章:声の主

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 そういえば、あれから食事らしい食事をと っていなかった。食欲がないという僕に莉都 が、みかんゼリーやフルーツポンチを作って 部屋に運んでくれたけれど。のど越しの良い それらはつるんと胃に落ちるとすぐに消化し てしまい、こうして食欲が戻れば、到底腹は 満たされない。  「どうしよう、起きようかな」  そんなことを呟き、体を起こした時だった。  コン、コン、とドアをノックする音が聞こ え返事をすると、ドアの隙間から莉都が顔を 覗かせた。  「ごめん、起こしちゃった?」  「ううん、いま起きたところ」  「ちょっと入っていいかな?」  「いいよ」  頷くと、パチリと部屋の灯りをつけ莉都が ベッドの側に歩み寄る。そして、ちょこんと スツールに腰掛けると、心配そうに僕を見つ めた。  「体調はどう?頭痛いの、治った?」  「あ、うん。羽那さんがくれた薬が効いた のかな?時々痛くなることはあるけど、あの 時みたいにガンガン痛む感じはない」  「そっか。風邪とは思えないから感冒薬が 効くと思ってなかったんだけど。沈痛成分も 入ってるからそれが効いてるのかな?熱はな いもんね」  莉都が僕の額に手を伸ばす。  薄く柔らかな手の平がやさしく体温を測り、 僅かな温もりを残して去ってゆく。  「うん、やっぱ熱はないね」  「熱は、ないと思う」  触れてきた手に小さく鼓動を鳴らしながら 頷くと莉都は、ふむ、と鼻を鳴らし、人差し 指を顎にあてた。  「あのね、心配だからネットで頭痛の原因 を調べてみたんだけど、片頭痛もちの人は光 や音とかの刺激が引き金になって頭痛が起こ ることがあるらしいの。そう考えると、運動 会のピストルの音とか、論平が照らしたライ トの光りとかが誘因になっちゃったのかなぁ、 とも思うんだけど……」  そこで言葉を途切り、莉都は口を引き結ぶ。  視線は僕の頭を捉えていて、僕は次に来る であろう言葉を予測する。  「頭に手術の痕がなければ片頭痛かなって 思えるんだけどね。やっぱり、このまま放置 していいのかなって、不安になっちゃうよ」  「……うん」  息をつき、顔を覗き込む莉都の視線を受け 止められず、僕は俯いてしまう。風邪でも片 頭痛でもなく、命に関わる病気だと知ったら、 莉都は僕の首に縄を付けてでも病院へ連れて 行くに違いない。  「ねぇ、ソラ」  小さな子どもに話掛けるような声で名前を 呼ぶ莉都に、僕はゆっくり顔を上げた。
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