第四章:声の主

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 「もしもね、思い出したことがあったら、 その時はどんなことでもいいからわたしたち に言ってね。ソラのために何が出来るかわか らないけど、みんなソラのこと大事に想って るし、七人で知恵を絞れば何かいい案が出る と思うんだ。うちの家族は、誰かが悩んだり 苦しんだりしてたら、みんなで一丸となって その問題を解決するっていうスタンスだから。 ホントに、何にも遠慮することないんだよ」  莉都の真摯な眼差しが僕の心を、ぎゅっ、 っと締め付ける。彼女のやさしさが嬉しいの に、泣きたいくらい嬉しいのに、何ひとつ打 ち明けられない苦しみが心をキリキリと締め 上げた。僕は莉都に気付かれないように布団 を握り締めると、笑みを浮かべ、嘘を吐いた。  「……ありがと。何か思い出したらすぐに 相談する。みんなのこと、頼りにしてる」  「そう、良かった。じゃあ、この話はこれ でおしまいね」  僕の言葉を一ミリも疑うことなく、莉都が 破顔する。彼女の目を直視することが出来ず 下を向くと、莉都は立ち上がり「それとね」 と言葉を続けた。  「実はいま、NPO法人のキッズスマイル から、担当さんが様子を見に来てくれてるの」  「キッズスマイル?」  「うん。ほら、お父さんとお母さん、昨日 からグアムに行ってていないじゃん?だから 家事や育児の代行を引き受けてくれてるんだ けど、家のことはわたしとはじめ君でほとん ど出来ちゃうし、手の掛かるような子どもは いないしで暇を持て余してるんだ。ソラが起 きたら挨拶したいって言ってたから、辛くな かったら洋服に着替えて下に下りておいでよ」  「そっか。コジさんと羽那さん、出掛けて るんだったね。すっかり忘れてた」  「ソラが寝てる間に出掛けちゃったからね。 こんな時に家を空けて申し訳ないとか言って たけど……結婚二十周年のグアム旅行。いま ごろ常夏の島でバカンスを楽しんでるんじゃ ないかな」  莉都が腰に手をあて、まるで空を眺めるよ うに天井を仰ぐ。  里子を預かる養育里親は一年の間に七日間、 レスパイトケアという休日を申請出来るのだ という。けれど手続きが煩雑で、ちょっと休 みたいくらいでは気軽に申請出来ないのが難 点だと、莉都が枕元で話してくれたのは昨日 だったか、一昨日だったか。家を空けている 間は、子どもの世話をしてくれる補助者が派 遣されるとかで。夢現の中でそのことを聞い た僕は、よく覚えていなかった。  「そういうことなら、すぐに着替えて下に 下りるよ。お腹空いちゃったから何か食べた いのもあるし」  「良かった!食欲戻ったんだ。オムライス とポテトサラダ作ってあるよ。みんなリビン グにいるから、一緒に食べよう」  「うん」  満面の笑みを向けた莉都に頷くと、彼女は 軽やかな足取りで部屋を出てゆく。僕は少し 湿った布団から抜け出すと、心に罪悪感とい う重りを抱えたままクローゼットに足を向けた。
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