第四章:声の主

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 「それにしても、ソラがうちに来てからも う三週間か。警察からは何の音沙汰もないし、 いつまでも身元不明のまま居候させとくワケ にもいかないよなぁ」  はじめ君が言うと、論平が話しに喰いつく。  「じゃあ、ソラをうちから追い出すのか? それとも『もう面倒見られません』って警察 に押し付けんのか?」  「ぶぁーか、そうじゃねぇよ。いつまでも 無戸籍のままじゃ、必要な教育も保障も受け らんないだろ?記憶が戻らなくて帰る場所が 見つかんないなら、俺みたいに新たな戸籍と 名前を作ってもらって一人の人間としてちゃ んと生きるべきなんだ。いまのままじゃ学校 にも病院にも行けない。好きなヤツが出来た って、結婚も出来ないからな」  「だ。僕もソラ君のことは児相を通し て、然るべき機関に対応してもらった方がい いと思う。たぶん、市区町村長の職権ですぐ に戸籍と住民票が作成されるんじゃないかな。 彼のためにも、出来るだけ早くそうすべきだ」 ――同感。  その言葉を聞いた刹那、僕の体が雷に打た れたようにびくりと震える。直後に、ずっと 薄いヴェールに覆われていた記憶が一気に溢 れ出してきた。僕は身じろぎもせず、次々に 思い起こされる記憶のすべてに呼吸を止めて いた。 ◇◇◇  「こんにちは。僕は今日から君の教育係と して一緒に過ごす、向坂秋音だ」  「……サキサカ……アキト?」  「そう。向坂先生って呼んでもらえると 嬉しいな。算数、国語、理科、社会、英語。 全部の教科を僕が教えるよ。それ以外の自由 時間は、ゲームをしたりお喋りをしたりしよ う。知りたいことがあったら、何でも聞いて。 どんなことでも先生が教えてあげる」  白い壁に囲まれた部屋の片隅で膝を抱えて いた幼い僕は、やさしい笑みを向けるその人 をまじまじと見つめる。すっと通った鼻筋、 緩やかに弧を描く秀眉。そしてやや茶色がか った眸子(ぼうし)は真実、親愛の情を宿しているよう にも見えて。 ――僕の心はすぐに彼に近づいた。  「向坂先生もアレルバの人なの?」  首に提げられた青いIDカードに目を留め 尋ねると、彼は頷きつつ、微苦笑を浮かべる。  「そうだよ。僕もアレルバの職員だけどね、 君の教育係だから“他の”お仕事はしないんだ。 もしかして僕が恐い?」  その問いに小さく首を振ると、向坂先生は 両手を伸ばし僕を抱き上げた。
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