第四章:声の主

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 「どうした。頭が痛むのかね?」  「いえ、特に。何でもないです」  「ずいぶん緊張してるね。顔が強張ってる。 手術が怖いのかな?眠っているうちにすべて 終わるし、術後も痛みのコントロールはしっ かりするつもりだ。君のために最高の医療ス タッフを揃えてる。必ず完治させるから怖が ることは何もないよ」  「……」  決してやさしさからではない博士の言葉に、 僕は押し黙る。頭に悪性の髄膜腫が出来てい ると知らされたのは、ひと月ほど前のことで。 頭痛の原因がわかり少しほっとしたのと同時 に、子どもの頃からある頭の手術痕は、いつ、 どうして出来たのか。ずっと気になっていた。  だから僕は、意を決してそのことを訊ねた。  「僕、再発なんですよね。だから、大きな 病院で治療を受けなきゃならないんですよね?」  「どうしてそう思うのかね?」  「だって、僕の頭には手術の痕があるから。 この傷痕は、前に脳腫瘍が出来た時のものな んでしょう?」  そう口にした瞬間、和達博士は、はっ、と ニヒルな笑みを浮かべる。僕は怪訝に思い眉 を潜めた。  「そうか、君は『あの手術』をした時のこ とを何も覚えていないんだね。まだ幼かった から無理もないが……何ひとつ覚えていない となると少々説明がややこしくなるね。さて、 何からどう話すべきかな?」  そこで言葉を途切り、考え倦ねていた和達 博士に助手席に座っていた担当医が諭すよう に言う。  「和達さん、彼は大きな手術を控えている 身です。いま強いストレスを与えるのは治療 の観点から考えても、よくない気がしますが」  和達博士が苦笑し、肩を竦める。担当医の 発言などまるで意に介さないといった様子だ。  「医師として良心が咎めるのかも知れない が、あなたはわたしと同様、立派な偽善者だ。 どう体裁を取り繕ったところで、決して偽悪 者には成り得ないんです。それなら、彼が傷 つこうがストレスを受けようが、真実を伝え るべきじゃありませんか?この治療が終われ ばはわたしの手を離れることになる。 何も知らされないまま先方に引き渡す方が、 よほど残酷だとわたしは思いますよ」  ハンドルを切りながらそう言った和達博士 に、担当医の男性は首を振り項垂れてしまう。 僕はこれから聞かされるであろう残酷な真実 に鼓動を早くしながら、バックミラー越しに 僕を捉える眼差しを受け止めた。  和達博士がリズムを刻むように、人差し指 でハンドルを叩く。  「まず君が心配している頭の傷だが、それ は脳腫瘍の治療で出来たものじゃない。だか ら再発だと思っているなら、心配無用だ」  「じゃあ、僕の頭にはどうして傷があるん ですか?脳腫瘍の治療で出来たんじゃないな らどうして……」  頭の傷に触れながら身を乗り出すと、彼は、 すぅ、と目を細めた。
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