第四章:声の主

24/37
前へ
/145ページ
次へ
 「もともとこの部門は、『サイコトロニク ス兵器』という非合法の研究を秘密裏に行う ために新設された部門なのだよ」  「サイコトロニクス、兵器?」  「またの名を『精神工学兵器』とも言うが ね。端的に説明すると、サイコトロニクス兵 器とは電波や磁気を用いて科学的に人間の脳 を操るマインドコントロール技術のことだ。 被験者の脳に電極を埋め込み、送信機から電 磁波を送ることで感情をコントロールするこ とが可能となる。これは非常に強制力の強い 精神兵器でね、外科手術で電極を埋め込まれ た被験者はオペレーターに感情を操作される ことを拒めない。ボタン一つで簡単に心を乗 っ取られてしまうというわけだ」  「……まさか、その手術を僕に?」  冷淡な笑みを浮かべそう言い放った博士に、 僕は非難交じりの声を漏らす。彼が口にした 真実は想像の域を遥かに超えていて、言葉と して耳に届いてもすぐに理解することなんか 出来なかった。が、頭に手を伸ばせば指先に 触れる傷がある。そのことが、彼がいま口に したことは真実なのだと、物語っている。  和達博士は、やれやれ、とでも言いたげに わざとらしくため息を吐くと、言葉を続けた。  「そのまさかだよ。実は、わたしはサイコ トロニクス兵器の第一人者でもあってね。雷 を操る君の能力を科学的にコントロールする ために、外科手術を施した。君がヴォルトキ ネシスの能力を発現させるトリガーとなるの は、恐怖と怒りだ。だからわたしは、極めて 優秀な医療スタッフを招集し、怒りを司る脳 の偏桃体部分と、理性を司る前頭葉部分に電 極を埋め込んだ。そして、度重なる実験の末、 ついに、君の能力を操ることに成功したんだ」  和達博士の声が狂喜に震える。僕は次々に 明かされる信じがたい事実に愕然とし、ぼん やりと窓の方に首を向けた。視界の先はただ ただ、暗闇が流れてゆくばかりで、何もない。 その車窓にふと記憶の断片が映り込んで、僕 はきつく目を閉じる。  真っ白な壁に囲まれたあの部屋から、僕は 時々外に連れ出されていた。場所がどこかは わからない。けれど、車に乗り、船に揺られ、 辿り着いたのはどこか遠くの島だったと思う。  そこで、四方を灰色の壁で囲まれた部屋に 連れて行かれると、椅子に拘束され、やがて 僕の脳は焼けるように熱くなる。  その感覚と共に遠くに聞こえていた、轟音。 ――あれは、雷鳴だったのだ。  大地を揺るがすほどの雷鳴が轟き、静けさ が戻る頃には僕はいつも意識を手放していた。 だから自分が雷を操る異能力者だということ にも、ずっと気付けなかった。 ――そうだ。僕はヴォルトキネシスだ。  その真実を受け止めた脳が、警鐘を鳴らす。  僕はまたゆるりと前を向くと、涼しい顔を してハンドルを握る和達博士に鋭い眼差しを 向けた。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加