68人が本棚に入れています
本棚に追加
「ははぁ、記憶がないというのは厄介です
な。庭先で寝てた子を保護したって言うから
来てみれば、なるほど。ここはどこ?わたし
はだれ?ときましたか」
数分後、ドタドタという足音と共に大勢の
人が部屋に雪崩れ込んできた。僕は緊張から
思わず身を竦める。ベッドの前にずらりと人
が並び、怯えながら壁に身を寄せている僕に
好奇の目を向けている。
その中から初老の男性が歩み寄ってきて、
小腰を屈めた。紺色の帽子を被り同色の洋服
に身を包んだその人は、黒い手帳を手に僕に
訊ねてきた。
「で、天井に窓があったこと以外でほかに
答えられることはあるかな。君、年は幾つ?」
ぺろり、と鉛筆の先を舐めて顔を覗き込む
その人に、僕は目を瞬きつつ首を傾げる。
「……たぶん十六、か、十七……か十八」
「ふむ、年は高校生くらい、と」
不得要領な僕の返答に頷き、男性が手帳に
書き込む。すると、その男性の後ろに並んで
立っていた女性が隣の褐色肌の男性に言った。
「あら、十七歳か十八歳ですって。わたし、
てっきり論平と同い年くらいかと思ってたわ。
華奢だし、女の子みたいに綺麗な顔してるん
だもの」
彼女の言葉に男性は腕を組み、鼻を鳴らす。
「いくら華奢でも中学生には見えんだろう。
論平は十四だぞ?成長には個人差があるが、
彼の体躯は細くてもしっかりとした大人のも
んだ。それより、自分の年も覚えてないのか。
親御さんも探しているだろうに、困ったなぁ」
眉を寄せ、顎を擦りながら男性が心配そう
な眼差しを向けてくる。僕は自分の年齢すら
まともに答えられないことを不甲斐なく思い、
目を伏せた。
「まあ、何にも情報がないわけじゃないか
らね。顔写真や体の特徴なんかも行方不明者
届のデータで照合できるから。君、ちょっと
こっち来てくれる?」
手帳を手にしたまま、男性が手招きをする。
僕が緩慢な動作でベッドから下りると、論平
とそばかすの男の子の間に立たせた。
「ええっと、君、身長は幾つ?」
論平を鉛筆で指す。
「百六十四」
ピンと背筋を伸ばし論平が質問に答えると、
そばかすの男の子が吹き出した。
「三だろ。なに盛ってんだよ」
「盛ってねーよ!百六十三・五だから四捨
五入して四って言ったんだっ!」
「なるほどね、失礼しました」
宥めるように両手を上げて見せたそばかす
の男の子を、論平がキッと睨む。その二人に
挟まれ困っている僕の頭に手帳の背をあてて、
初老の男性は頷いた。
「背は百六十二から四くらいかな。この子
とほとんど一緒だね。あとは、身体的な特徴
があればだね……」
手帳に書き込みながら一歩下がると、頭の
天辺から足の爪先まで舐めるように観察する。
そして、ふと何かに気付いたように僕の左手
を取った。
最初のコメントを投稿しよう!