第四章:声の主

26/37
前へ
/145ページ
次へ
 「どういう意味も何も、君はすでに多くの 人の命を奪っているじゃないか。二十六人の 死者を出した十四年前の雑居ビル火災。あの 火災の原因となった落雷は君が引き起こした ものだ。その現場を目撃した時、わたしは歓 喜に打ち震えたよ!ハロウィンの仮装をした 男性が近づき君が恐怖で号泣した瞬間、青空 に巨大な稲妻が走ったのだからね!!」  「……!!」  僕はもう、声を発することも出来なかった。 僕のせいで、たくさんの人が死んだ?衝撃的 過ぎる事実に息をすることさえ儘ならないの に、心臓は破裂しそうなほど強く早鐘を打ち 鼓膜まで震わせている。その後も博士は何か 口にしていたけど、僕の耳には入らなかった。 けれど再び車内に静寂が訪れた時、ひとつだ け確認したのだ。僕はその人の穏やかな声を、 安らぐような温もりを思い出しながらぽつり と訊いた。  「……先生。向坂先生は全部知ってるんで すか。僕が兵器として売られることも。僕が、 人を死なせたことも」  博士が鼻で嗤う。  「もちろん、何もかも知っているよ。君の その手にあるバングルは特殊な高導電性素材 で作られていてね。わたしと彼の指紋でしか 解錠することは出来ない」 ――ああ、もう。  その瞬間、僕は何もかもを失った気がした。  薄く張り詰めていた心にヒビが入り、ガラ ガラと壊れてゆく感覚に熱い涙が零れ落ちる。 しばらくして山道を走り抜けていた車は事故 を起こし、僕は無我夢中でその場から走って 逃げたのだ。そうして、その途中ですべての 記憶を失い、この家に辿り着いた。 ◇◇◇  「……僕は」  口を塞いでいた両手を力なく下ろし、声に ならない声を漏らす。額から流れ落ちた汗が 鼻筋を通り、ぱたりとシャツに染みを作った。  僕はヴォルトキネシスだ。  いつ、どうやってあの場所に連れて来られ たかは思い出せないけど。僕は長い間アレル バの研究所に幽閉され、兵器として軍事利用 するため感情をコントロールする実験を受け ていた。  「……どうしよう。僕は、どうすれば」  取り戻した記憶があまりに陰惨過ぎて、頭 が麻痺したように働かない。それでも一つだ け、わかることがあった。いま、この家の中 に向坂先生がいるということだ。その理由を 考えれば、『初めまして』などと挨拶をし、 彼の前に姿を晒すわけにはいかない。  そう思い至った僕は、再び足音を忍ばせて 階段を上ろうとする。が、不意にその背中を 呼び止められ、二センチくらい飛び上がった。  「ソラっ、何してんの!?なかなか下りて 来ないから呼びに行こうと思ったら」  悪戯が見つかった子どものように身を竦め 振り返ると、莉都が廊下に立ち目を瞬いてい る。僕は言い訳を考えながら、しきりに目を 泳がせた。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加