第四章:声の主

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 「ねぇ、そんなにお腹痛いの?」  「え?」  「だって、なんか辛そうな顔してるから」  「あ、ごめん。そうじゃなくて」  「そうじゃなくて?」  「えっと。やっぱり僕、お腹空いたかも」  「はっ?お腹痛いんじゃなかったの!?」  「うん、そうなんだけど。なんか治っちゃ ったみたい」  お腹が痛いだの、痛くないだの。話が二転 三転する僕に、莉都が呆れ顔でため息を吐く。  「もーっ、どっちなの。温かいオムライス 食べさせてあげたかったのに!」  「ごめんなさい」  手を腰にあて頬を膨らせる莉都に、しゅん、 と肩を窄めると、彼女は次の瞬間、朗笑した。  「いいよ。新しいの作り直してあげるから、 みんなで食べよう。冷たくなったオムライス は明日の朝、レンチンして食べるってことで」  小さく頷き僕が笑みを返すと、莉都はくる りと踵を返しダイニングに戻ってゆく。その 背中に続こうとした僕は、ふと、足を止めて 玄関を見やった。 ――あの人は。  向坂先生は何のためにここに来たのだろう?  てっきり、僕を連れ戻すために来たと思っ ていたけど。彼は僕の顔を見ただけで、何も せず、あっさり帰ってしまった。  そのことが、急に不安になる。  彼らは逃げてしまった僕を、血眼で探して いたはずなのだ。なのにこのまま僕を見逃す なんて、絶対に在りえない。それに何も知ら ず僕に関わってしまった月見里家の人たちに、 彼らが危害を加えないという保障もなかった。  僕は靴を履き、そっと家を出てゆく。  そして、ついさっき家を出た向坂先生の後 を追った。  「……どっちだろう」  紫紺に染まり始めた景色の中に先生の背中 を探す。海っぺりに建つ月見里家は目の前が 小高い山になっていて、道は右か左か。その 二択しかなかった。僕は右に向かって走り始 める。もしいなかったら、全力で反対方向に 走れば捕まえられるかも知れない。そう思い 息を切らしながら海沿いの道を駆け抜けたが、 彼の姿はどこにも見当たらなかった。反対の 道だったのかも、と痛む脇腹を押さえて元来 た道を戻りさらに先を走ってゆくが、やはり 宵闇の中にあの人を見つけることが出来ない。  僕は仕方なく人影がまばらな住宅街に足を 踏み入れる。が、土地勘がなく、方向感覚も ないまま当てずっぽうにあちこち走り回った 僕は、ついに道の真ん中で足を止め膝に手を ついてしまった。  「……ここ、どこ?」  額から流れ落ちる汗を拭い、辺りを見回す。 見たこともない景色が目の前に広がるばかり で、僕はどこか別の世界に迷い込んだような ふわふわした感覚に陥ってしまう。  どうやら、迷子になってしまったようだ。 そう気付いた僕は、側にある電柱に背を預け 失笑した。
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