第四章:声の主

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 いったい、何をやっているのかと可笑しく なってしまう。無我夢中で走り回ったが、彼 が公共交通機関を使ってあの家に来たかどう かもわからないのだ。身分を偽り月見里家に やって来たことを思えば、人目も憚らずバス や電車に乗る可能性の方が低かった。  「……帰らなきゃ」  莉都がオムライスを作って待ってる。そう 思い顔を上げた僕は、一歩踏み出そうとした 瞬間、ふと、あることに気付いてしまう。  帰るって、僕はどこに帰るというのだろう?  莉都の待つ、あの家に?  そんなこと、出来るわけないじゃないか。 ――僕のせいで、莉都の両親は死んだのに。  ぎゅっ、と何かに掴まれたように心臓が痛 んで、顔を歪める。どうして記憶が戻った時、 そのことに気付かなかったのか、わからなか った。もしかしたら一度に記憶が戻ったこと で頭が混乱し、失念していたのかも知れない。 そう自分に言い訳をしたところで、僕の犯し た罪が消えることはない。  あの時、莉都はハロウィンの日に起こった 雑居ビルの火災で、両親を亡くしたと言って いた。落雷の影響で発生した火災で二十六人 もの人が命を落とし、その中に莉都の両親の 名前があったのだと。  その落雷を引き起こしたのは僕じゃないか。  たとえ悪意はなかったとしても、僕は自分 が異能力者だと知らないまま、近づいてくる 『赤い悪魔』に恐怖し力を発揮してしまった。 そのせいで大規模な停電が起こり、通電火災 に巻き込まれた人が大勢死んだのだ。  「……言えるわけ、ない」  莉都から両親を奪ったのは、僕だと。  僕は雷を操る化け物で、人殺しだと。  言えるわけがなかった。  もしそんなことを知られたら、莉都に嫌わ れてしまう。もう二度と、莉都と笑い合えな くなってしまう。この期に及んで、そんな風 にしか思えない自分に気付き、思わず自嘲の 笑みが零れる。そしてそんな風にしか思えな い理由に気付いた僕は、漆黒の空を見上げた。  「僕、好きなんだ」  言葉と共に、温かな滴が頬を伝ってゆく。  僕は莉都が好きなんだ。  だから、ずっとあの家にいたかった。  莉都の傍にいたいから病気のことを隠して、 何も思い出していないフリをして、『ソラ』 としてあの家にいたかった。 ――そんなこと、許されるわけないのに。  見つけたばかりの恋が、残酷な真実に掻き 消される。莉都を好きだと想えば、想うほど、 自分が犯した罪の重さに苛まれ、僕はどうに もならない現実に涙を零した。  「……最低だ」  莉都から両親を奪っておきながら、それで も彼女に嫌われたくないとしか思えない僕は、 エゴの塊で、最低の人間だった。  そんな最低な僕が莉都のために出来ること。  大好きな莉都に僕がしてあげられることは、 何だろう?  ふと、そんなことを思い、僕は目を伏せる。
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