第四章:声の主

30/37
前へ
/145ページ
次へ
 あの家に帰ることは出来ない。真実を知り ながら、何もなかったような顔をして莉都の 前で笑うことなんか出来ない。  だからもう、二度と莉都には会えない。  それでも、僕が莉都のためにしてあげられ ることがあるとしたら……。  零れ落ちる涙に視界を歪めながら黙考した 僕は、ようやく答えに辿り着く。  「……そっか、僕が消えればいいんだ」  僕は莉都から家族を奪った酷い人間で、誰 かを傷つけることしか出来ない危険な異能力 者なんだから。研究所に連れ戻されてしまっ たら、もっとたくさんの人を悲しませてしま うのだから。  そう思い至った僕は潮風の中に混じって聞 こえる微かな音に、耳を傾ける。夜の空気を 揺らす低い振動音。その音と共に『カンカン カン』という警報音が、風に乗って聞こえて くる。 ――莉都、大好きだよ。  心の中でそう呟くと、僕は重い一歩を踏み 出した。そして、月見里家で暮らした楽しい 日々に想いを馳せながら、僕を消しに行った。  「ねぇ、ソラがどこにもいないんだけど!」  二度目のオムライスを作り終えソラを呼び に行ったわたしは、空っぽの部屋を見て階段 を駆け下りた。そして家中を探し回り、ソラ の靴が玄関にないことを知ると、リビングに いる二人にそう叫んだ。  するとソファーに寝っ転がってゲームをし ていた論平が、かったるそうにわたしを向く。  「はぁ?いないなら散歩にでも行ったんじ ゃねーの?幼稚園生じゃあるまいし、そんな 血相変えて心配するほどのことじゃねーだろ」  そう言って、またゲームを続けようとした 論平とテレビの間に立ち、視界を塞いだ。  「心配するほどのことだよ!だってソラが どこかに出掛ける用事なんてないでしょう? それにオムライス食べるって言ってたんだよ。 なのに、家を出てっちゃうなんておかしいよ」  一気にそう捲くし立てると洗濯物を畳んで いたはじめ君が腕を組み、渋顔をする。  「確かに莉都の言う通りだな。この家に来 て以来、ただの一度も一人で外出したことが ないソラが、突然、一人で出掛けること自体 おかしい」  小遣い持ってるわけでもないしな、と付け 加えると、はじめ君はリビングに入って来た 桃々に目を向けた。これからお風呂に入ろう としていた桃々は、ピンクのパジャマを手に 二階から下りてきたところだ。  その桃々に一同の視線が集まる。  何ひとつその理由(ワケ)を話さなくても、桃々は すべてを察している。  「なぁ、桃々。何か感じるか?ソラのこと」  顔を覗くようにしてはじめ君がそう尋ねる と、桃々は怯えた表情で頷いた。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加